第三話 東の剣士(3)
「セスナ!」
聞き覚えのある声にセスナが振り返る。そこには商人ザッパの姿があった。
「ザッパ、さん」
「ザッパでいい。それよりも」
大股で近づき、ザッパがセスナの肩に手を置く。
「やるじゃないか。魔物と決闘して勝っちまうだなんて」
セスナははにかんだように頷き、ルキアもクルル……と喉を鳴らす。
「でも……」
言い淀みながらザッパに差し出したセスナの短剣は、もう使い物にならないほどに欠けていた。
「この剣は今から八年前、おいらが八歳の頃、旅の剣士から貰ったものなんだ」
「旅の剣士……。その剣士、名を何と言った」
ザッパの真剣な問いに、セスナも言葉に力を込める。
「クラウズ」
「……ふむ。やはりな」
ザッパは得心したように頷き、その短剣を見せてくれ、と言った。
「お前さんの闘っている姿を見て思い出した。大剣士クロスの師匠、伝説の短剣遣いの剣士のことを」
「伝説の短剣遣い……」
「ああ。剣士クラウズの行方はクロス様の死と共に不明になっておったが、そうか、八年前にこの地に……」
ボロボロになったセスナの短剣をつくづくと眺め、ザッパが思案する。
「その時、何か言われなかったか」
「ええと……」
セスナは思い出す。
八年前、マシューの店に、剣士クラウズはふらりと現れた。
そして幼いセスナが剣の稽古をしているところを目にし、自身の短剣を腰帯から外してセスナに託してきたのだ。
「たしか……我、彼の地に剣を預けん。時は巡りて東の剣士の礎とならん……だったかな」
目の覚めるような赤髪と、ごつごつとした大きな手。セスナは理由のわからないまま、使い込まれたその短剣を受け取った。
しばらく何か考えていたザッパがおもむろに言った。
「セスナ。ちょっと、わしの家に来てくれんか」
♢♢♢
二人はルキアの背に乗り、ザッパの家に向かった。
目的地に着くとすぐにザッパは自室に向かい、美しい装飾が施された大剣を手にして戻ってきた。
「これは我が家の家宝にしようと思っていたんだが……」
それは、大剣士クロスが前魔法ハルデスを討った剣だという。
「数か月前、オークションにかけられていたのを落札したんだ。どこかの旅人が北の地で手に入れたものらしい」
「大剣士クロスの剣……」
セスナは古いが美しいその剣を受け取り、これまで扱ってきた短剣よりもずっと重いことに驚いた。
「それは、お前さんが振るうべき剣だ」
ザッパの言葉にセスナは目を丸くする。
「そんな、おいらがこんな大剣なんて……」
「いいや。今日のお前さんの闘う姿を見て気づいたんだ。いにしえの預言の東の剣士とは、セスナ。お前さんのことだ」
「えぇっ!?」
なんだか今日はとんでもないことばかりだ。セスナはふるふるとかぶりを振る。
「お前さんは立派にルキアを守ったじゃないか。この世界も、誰かが守ってやらなくちゃならん。お前さんにはきっとそれができる」
「おいらが、この世界を守る……?」
「ああ。その短剣の代わりに、これからはこの剣を使うんだ」
時は満ちた。再びいにしえの預言が力を帯び、眠りについていた願いが目覚め、セスナの運命は動き出したのだ。
これが、これがおいらの待ち望んだ未来なのだとしたら。
守りたいものなら、すでに目の前にあったのだ。
セスナは頷いた。




