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♢45♢ 赤い櫛

 勇者セスナの一行が、北の魔王城へ向けて、壊滅した古代都市ダークマターの消し炭の都を後にした、ちょうどその頃。



 ゾーラは魔王城内の売店で、囚われのバラへ差し入れる、今日のお菓子を選んでいた。



 「ええと。甘いのと、しょっぱいのがいいかな。味覚のある人間は面倒だね~」


 ゾーラは独りごちながら「~ヒャドム地帯限定 魔王せんべい 不揃いお徳用~」と書かれた冒険者向け原価ふっかけの城内オリジナル商品を手に取り「量が多いかな。食べ切りサイズのほうがいいかも」と言って、それを棚に戻す。


 次にゾーラは「しゃかりこ」と書かれたじゃがいものお菓子を手に取り、それをレジカゴに入れる。

 更に「まつたけの丘」と書かれたチョコレート菓子も、レジカゴに入れる。



 「あとは……」


 ゾーラは小さな売店内のコスメコーナーに行き、携帯用の小ぶりな赤い櫛を手に取った。

 



 ♢♢♢


 レジカゴを手にしたゾーラは灰色の魔族服のポケットから財布を出して会計を済ませると、売り子に布袋に入れてもらった差し入れを抱え、城の最上階最奥の部屋へと、階段を上がる。



 小窓から見える空は、あいかわらず紫色のオーラのような暗い光が垂れ込めており、何者をも寄せつけないその結界内では、鳥の子一羽さえ飛んでいない。



 階段を上りきったゾーラは施錠されたその部屋の鍵を回して扉を開けると、「モーニン」と陽気に声をかけて入室した。




 ♢♢♢


 赤いドレスにシルクの白い上着を羽織って粗末なベッドに腰かけていたバラは、ゾーラがやってくると、そわそわと落ち着かない様子で、視線を泳がせている。


 「?」


 ゾーラはそのバラの様子に小首を傾げ、抱えている布袋の中から、自腹で購入したお菓子と赤い櫛を取り出して、小さなテーブルの上に並べた。



 「黒猫ちゃん。差し入れよん」


 「いつもありがとう、ゾーラ」


 ゾーラはさっそく、ラッピングされた赤い櫛を取り出して、ベッドに腰かけるバラの側に立って、その美しい黒髪を梳いてやる。



 「さっすが、アラサーの美魔女ね。ろくな石鹸使ってないのに、この艶感~」

 ゾーラは楽しげに言って、バラの上品な黒い毛束を指先で巻いたりしながら、その豊かな黒髪を整えてやる。


 バラは微笑みながらゾーラに髪の世話を任せていたが、しばらくすると、「あの」と口ごもりながら、「赤ちゃんが、できたかもしれない」と告げた。




 「ま、まじでぇ~!?」

 のけ反ったゾーラの手から、赤い櫛がポトリと床に落ちる。


 「……」

 バラは何とも言えないといった表情で、長いまつ毛をパチパチさせて、ひび割れた床を見つめている。



 ゾーラはバラの隣に腰を下ろすと「……で。ちょっと詳しく聞かせてよ?」ともちかける。




 ――……イヤ、……イヤ。


 ――……ッショイ、……ッショイ。


  窓の外、曇天の空の下を、おみこしを担ぐ幻の民が行く。




 ♢♢♢


 「……」


 粗末なベッドに並んで腰掛ける、無言の二人の女に、ヒュル~という隙間風が吹きつける。


 ゾーラは先ほど床に落とした赤い櫛を拾い上げると、「子どもの名前は決めてあるの」と、にやにやした猫口で、うつむくバラの横顔を覗き込む。


 バラは少し黙っていたが、やがて口を開いて「セルム。男の子でも、女の子でも」と返す。


 

 ゾーラは「あーあ。こういうのはくっつくまでが、一番面白いんだけどなあ」と言い、「よし」と呟いて立ち上がる。



 バラが立ち上がったゾーラを見上げると、ゾーラは青い直毛をさらりと払って、灰色のズボンのポケットからジャラッと鍵束を取り出す。


 そしてツカツカと扉の所へ歩いていくと、ベッドに腰かけるバラに向かって小悪魔的に笑った。



 「行くよ。魔王様のとこ」

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