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♢44♢ 魔剣ドラゴニアーク

セスナ旅立ちから、二か月と二日目の早朝。



 ――オォォォォォ……。



 相変わらず暗い灰色の空の下で目覚めたララは、マジックテントの中、手櫛で髪を整えてから、音楽の国ムジカのエデン城の売店で買い求めたピンクの音符のピンを、自身の前髪のサイドに挿した。


 そしてテントの入り口をくぐって外に出ると、ヒュウゥ……と乾いた風が黒い消し炭を巻き上げる、滅亡した古代都市ダークマターを、その遠くの方まで目を凝らしてぐるりと見回す。



 「おっ。早いな、ララ。おはようさん」

 「おはよう。クラウズ」

 同じくテントの入り口から顔を出した赤髪の剣士と挨拶を交わし、二人は昨夜焚いていた、消し炭の中の焚き火のあとの近くに腰を下ろす。


 


 「今日はいよいよ魔王城へ向けて出発だ。心の準備はできているか?」

 

 クラウズの問いに、ララは「……うん」と、少しよどみながら返事をする。



 すると二人の背後のマジックテントから、盛大な寝癖を整えるのもそこそこに顔を出したセスナが、「おはよう」とララとクラウズに声をかけて、二人の隣に腰を下ろす。



 

 「ぼく、変な夢をみたんだ」


 セスナが突然切り出すと、ララは「どんな夢?」と、隣に座るセスナの顔を覗きこむ。

 ララをセスナと挟むようにして座っているクラウズも、むぎ焼酎『いいこじゃないか』の空き瓶を拾い上げて、それをクルクルと回転させて弄びながら、セスナの話に耳を傾けている。




 「夢の中。この街の、まさにこの目の前の景色を見ながら、ぼくは消し炭の道を歩いているんだ。そしてあの崩れた神殿の跡みたいな場所で、赤い魔石の埋め込まれた、黒い大きな剣を見つけるんだ」

 セスナは昨夜みた夢を説明しながら、三人が座る場所から二百メートルほど離れたところに認められる、美しい装飾の円柱が無残に崩れ落ちた、消し炭の盛り上がった山を指さす。


 

 「赤い魔石の埋め込まれた黒い剣だと?」

 剣士クラウズはセスナの説明を聞いてなにかを思い出したように、瓶を弄んでいた手の動きを止め、それを適当に放る。

 「そりゃ、初代魔王ザギウスの魔剣【ドラゴニアーク】のことじゃないか」と、自身の処女作の本のタイトルでもあるその名前を口にする。



 「ドラゴニアーク。作家、くれないのイケオジが書いた、大剣士クロスとその仲間の物語と同じ名前ね」と、ララは自分の親の物語であるその本の名を口にして、作者であるクラウズに確認する。



 クラウズは「ああ。ドラゴニアークは確か、エルフの森の暗黒の棺に眠っているはずなんだが……」と、大きくあぐらをかいて座っている。自身の黒いズボンの膝の上に乗せた手を、かたく骨ばった顎のあたりに持っていく。


 そして「もしセスナの夢の通りだとしたら。古代都市の民は、なんらかの目的でエルフの森に眠っていたザギウスの魔剣を持ち出し、そして街ごと、なにものかに滅ぼされちまったってわけか」


 クラウズは言いながら立ち上がり、「ちょい、確認してみるか」と、自分を見上げて座るセスナとララに声をかける。



 三人はセスナが説明した通りに崩れた神殿の跡のような場所へと歩いていき、そこにうず高く山になっている消し炭の足元に立つ。



 クラウズは近くにあった適当な木材を手に取ると、五十センチほどのその木片で黒塊と化している消し炭をザクザクとまさぐり始めた。





 ♢♢♢

 

 「――出たぞ! こいつは、間違いない。ザギウスの魔剣【ドラゴニアーク】だ!」

 声を上げたクラウズの両脇に、セスナとララが駆け寄って、その黒い消し炭の中の魔剣を覗き込む。


 


 ――オオォォォォォォォォォォ……!!



 その魔剣は透明な素材で大切そうに巻かれて護られており、試しにクラウズがちょん、と指先で軽く触れて、封印術などが施されていないかを確認する。



 「――大丈夫だ。こいつはただの透明な物質のようだ」

 クラウズはセスナとララを振り向いて伝え、その黒い剣の峰にぐるぐると巻かれた透明の素材を、大きな手で丁寧に剥がしていく。


 ふにゃりと縮むその透明なものを捨てると、クラウズは魔剣ドラゴニアークを抱え、感慨深そうにその黒光りする切っ先を見つめている。



 そして「セスナ。これがクロスの大剣に代わる、おまえの新しい武器だ」と言って、興味津々に覗き込んでいるセスナに、ずい、と押しつけるようにして手渡す。



 セスナは「えっ?」と驚いた顔でそれを受け取り、そのずしりと重い魔剣を、両手を伸ばして、顔の前面に構えてみる。



 「その剣は、初代魔王ザギウスが、己に続く魔王が生まれた時。その魔王の力を制御するために生み出した、対魔族用の特別な剣だ」

 クラウズはぬらりと黒い魔剣を構えたセスナに説明し、「その剣を振るう者は、「魔王切り」と呼ばれる、魔王のみに大ダメージを与えることができる必殺技を繰り出すことができるとされている」


 

 「魔王切り……」


 セスナは眼前に構えた魔剣を試しにヒュッ、と、斜め左下に振り下ろしてみる。


 するとその剣筋はキラキラと輝く赤い軌跡を描いて、シュウゥ……という音とともに、不思議な力を帯びているように明滅している。



 「三つのいにしえの揺りかごには、それぞれ、ザギウスの魂、ザギウスの肉体、そしてザギウスの魔剣が眠ると伝えられている。エルフの森に眠っていたこいつを持ち出した古代都市の民は、おそらく、この都に眠るどちらかのいにしえの揺りかごと、このザギウスの魔剣を狙った何者かに、街ごと襲われたんじゃないか」



 顎に手を当てたままのクラウズの推測を聞いたセスナとララは「でも、一体、誰が……?」と瞳をパチパチとさせて呟き、やがて二人は声を揃えて「もしかして、魔王ヘルデスが……?」と、顔を見合わせる。



 「もしそうだとしたなら、ちとやっかいなことになるな。現魔王ヘルデスはただでさえ壮絶な魔力を持つとされているが、そのヘルデスがザギウスの魂と肉体が眠るこの都のどちらかの棺を狙ったのだとしたら。魔王ヘルデスは初代魔王ザギウスの復活をも、目論んでいるのかもしれん」


 

 「……」



 ヒュウゥ……と、黒い消し炭を巻き上げる風が、セスナの青いマントとララの黒いローブの裾を揺らして吹き過ぎる。



 ――生まれたての勇者に対して、なんという無理ゲー設定だろうと、セスナは少し不安になる。


 その様子を見たララは、「でもセスナ。私たちには、ダークマターの民が命を懸けて護った、そのザギウスの魔剣があるもの。きっと大丈夫よ」と勇気づける。


  

 「……」


 セスナは振り下ろした黒い魔剣を再び胸の位置で構えると、クラウズがそばにあった魔剣の鞘を拾い上げ、ずい、とセスナに手渡す。



 セスナは小さな赤い魔石の埋め込まれた艶やかな黒い鞘を受け取ると、大切そうに、その鞘にザギウスの魔剣ドラゴニアークを収めた。





 ♢♢♢


 「それじゃあ、行くとするか」



 雨に濡れて土に還るマジックテントを片付けて、セスナとララとクラウズの三人は立ち上がる。



 次に向かうは、大陸最北端、毒沼に囲まれた魔王の古城がそびえる寒冷なヒャドム地帯。



 セスナは新たに手に入れた黒い魔剣ドラゴニアークを背中に背負い、腰に携えた短剣の刃こぼれを確認するクラウズ、そしてピンクの音符のヘアピンを挿し直しているララを振り返って、力強く言った。




  「さあ、行こう。北の魔王城へ。そしてこの大陸に、きっと平和を取り戻そう」


 


 セスナ旅立ちから、二か月と二日目の午前十時。


 ララとクラウズも頷き、三人は歩き出した。

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