♢42♢ VSキマイラ
新たに剣士クラウズを仲間に加えた勇者セスナ一行は、王都レタスを出てサンドウィッチ王国の関所を通過すると、その北方に広がる古代都市ダークマターを目指して北上していた。
――ペチャクチャ。
クラウズの参入という新鮮な展開により次から次へと話題の飛び交う三人は、今は「誰がこのパーティーの先頭を歩くか」という議題について議論している。
――ファンタジーロールプレイングゲームではおなじみの、ぞろぞろと連なったパーティーキャラクターたちの、誰がその先頭を歩くかという、プレーヤーの好みが反映される重要な問題。
「この物語の主人公はぼくなんだから、やっぱりぼくが先頭だよ」と主張するセスナと、「あら、このパーティーの紅一点のヒロインは私よ」とその希少性を押し出すララ、そして「冒険終盤で仲間になったレアキャラの俺こそ、先頭にふさわしい」と、更なる希少性を売りにするクラウズ。
やいやいとメタ丸出しの議論を交わした三人は、結局、ララの「いっそのこと三人が横に並んで歩けばいいんじゃないかしら」という解決案が浮上し、向かって左からララ、セスナ、クラウズという順で並ぶことで、とりあえずこの旅のパーティー編成は落ち着いたのだった。
♢♢♢
関所を通過して北へ北上すること三時間。
赤く美しい砂丘はいつの間にか姿を消し、古代都市ダークマターに近づくにつれ、オォォ……という不穏な空気が漂う荒れ地が、三人の視界に認められるようになった。
「やっぱり丸腰で歩くって、落ち着かないなあ」
セスナは左右のララとクラウズに挟まれる形で歩きながら、いつも背中に背負っていたクロスの大剣がないことへの心細さをぼやく。
「ダークマターへ入るまでに、魔物と遭遇しなければいいのだけれど」
不安げにキョロキョロと辺りを見回すセスナにララも同意し、クラウズは「まっ、そん時はそん時。臨機応変にいこうや」と、余裕に応じて、隣を歩くセスナに保護者的な安心感を与える。
「でも、こういう雰囲気のエリアって、きっと……」
セスナは「強い魔物が出てくるんだよね」と、ファンタジーゲームあるあるの予想をして、その岩だらけの荒れ地の向こうに目を凝らし、そしてすぐ側にそびえる巨大な岩石を見上げて言う。
「もし魔物が出現したら、セスナ。おまえは後退して、岩の陰に身をひそめていろ」と、真面目な面持ちのクラウズが言うので、セスナはよりいっそう不安になる。
「セスナは戦闘後の体力回復に備えて、ホウション薬の瓶を用意しておいて」と、丸腰のセスナ抜きで行われる初のチームプレーを予想して、ララが提案する。
「うう……やっぱり絶対、ここら辺で強い魔物が現れるんだ」
丸腰の自分と比べ、余裕すら感じさせるクラウズとララを交互に見やり、セスナは「早く新しい武器を手に入れたいなあ」と、スースーと頼りなく感じる自身の背中に手を伸ばして、見えない剣を触るような仕草をする。
――グアァァァァァァァァ……!!
そんな三人のやり取りのなか突如、ライオンとヤギの頭が生えて合体した胴体にヘビの尾を生やした猛獣のような魔物が、いかにも凶悪そうなオーラを放ちながら、岩の上から三人の眼前へと、砂塵を散らして飛び降りた。
――ザッ!!
「――キマイラだ!!」
セスナが叫び、反射的に両足を広げて、戦闘体勢をとる。
「おっ」と声を上げるクラウズと、「セスナ、岩の陰に隠れて!」と声を張るララ。
セスナは「うん!」とララに応じて、すぐ側の岩場に駆け込み、しゃがんで身を隠し、クラウズとララの背中越しにキマイラを見る。
腰の短剣に手をかけたクラウズと、両手を前方に構えたララはそれぞれ、自分たちから五メートルほど離れた場所に立ち塞がるキマイラと、少し距離を取るようにして間合いを測る。
ララは「クラウズ。後方支援は任せて」と言い、「あのライオンの額にある青い魔石が白く輝くまで、殺さずに時間を稼いで」とつけ加えて、少し離れた所に立つクラウズを振り返る。
クラウズは「なんだかよく分からんが、まあララの言うとおりにするさ」と、短剣を鞘から抜いてそれをクルル……と回転させて順手に掴み、「ようキマイラ。サーカスの調教をしてやる」と、グウゥゥゥ……と低く唸るキマイラの正面に、足を広げてやや腰を落としてセスナを守るように立ち塞がり、戦闘体勢をとる。
――……グワアァァァァァ!!
チャッチャッ、と、爪先で何度か地面を擦ったキマイラは、四肢に力をこめると勢いよくジャンプして、短剣を順手に構えるクラウズに飛び掛かった。
――ガキイィィィィン!!
クラウズは大きく口を開けて襲いかかるキマイラの犬歯を短剣で受け止めて弾き返し、そのパワーで吹き飛ばされたキマイラは、四肢を踏ん張ってなんとか着地する。
――ズザザザザザザッ!!
するとキマイラはライオンとヤギの顔の口を開け、ボオォォォ……と音を立てて燃え盛る炎を吐き出して、クラウズ目がけてうずまく火の玉を発射する。
「おおっ」
クラウズは立て続けに飛んでくる火の玉を身軽な身のこなしでかわし、短剣を順手に構えたまま、キマイラ目がけて駆け出した。
――ザシュウッ!!
クラウズがキマイラの首筋目がけて、手にした短剣を横になぎ払うように、その切っ先で鋭く切りつける。
「クラウズ!! キマイラを殺しちゃだめよ!!」
後方で両手を構えて叫ぶララに「なんだ、ややこしいな」と応じて、「そんなら肉弾戦だ」と、短剣の切っ先をかわしたキマイラの背後に回り込み、その首を両腕で押さえ込んで、倒れ込むキマイラの胴体を地面に叩きつける。
――ドオッ!!
砂塵を巻き上げながら、クラウズに押さえ込まれたキマイラの身体が地面に強く打ちつけられて倒れ込む。
キマイラはライオンとヤギの首をそれぞれ持ち上げ、至近距離のクラウズに口を開けて、豪快に火炎放射を放った。
――ボオォォォォォォォッ!!
ライオンとヤギが口を開けた瞬間に、バッ、バッ、とバク転してその火炎放射を逃れたクラウズは、短剣を逆手に握り、口から炎を吹き出しているキマイラの背後に回り込み、そのヘビの尾先に握った短剣を思い切り振り下ろした。
――ギャアァァァァァァッ!!
キマイラが呻くと、ララは「クラウズ、それ以上はだめよ!!」と、ライオンの額の青い魔石が白く輝く時を待って、両手を前方に構えたまま叫ぶ。
クラウズは「やれやれ。女の子ってのは、注文が多いねえ」とぼやいて、ヘビの尾先に突き立てた短剣を抜いてそれを鞘に収めると、ドカッ! とキマイラに馬乗りになって覆いかぶさり、全体重をかける。
そしてライオンの頭とヤギの頭を、それぞれ片手で掴んでグググ……と力を込めると、「ララ! こいつの魔石が白く光り出したぜ」と、ライオンの頭をがっちりと掴んだまま声を張る。
「オーケー。そのままライオンの頭を押さえてて!!」
両手を前方に構えて叫んだララが、その手に祈りのエネルギーを集め、回復魔法ヒールを発動する。
――ズガアァァァァァァァァァァァァン!!
ララのヒールは爆音とともにキマイラの白く輝く魔石に命中し、その一瞬早く、キマイラから飛び退って身体を離したクラウズが両手を地面について着地するのと同時に、吹き飛ばされたキマイラがドオッ!! と、勢いよく地面に叩きつけられた。
――シュウゥゥゥゥゥゥ……。
叩きつけられたキマイラの、ライオンの頭とヤギの頭はそれぞれに呻き、淡く発光しながら白い光の粒となって、その魂は天へと解放されていく。
「やった……!!」
岩の陰に身を潜めていたセスナは立ち上がり、天に召されるキマイラを見下ろすクラウズとララに駆け寄った。
♢♢♢
「すごいよクラウズ! ララ! あんなに強そうなキマイラを倒しちゃった!」
完全に傍観者で終わった丸腰のセスナが、「ふう」と息を整えるクラウズに声をかける。
「おまえたち、これまでいつもこんな戦い方をしてきたのか?」
呆れたようにただすクラウズに、セスナとララは顔を見合せてから頷く。
「なんでそんな、自分たちの首を絞めるような戦法をとるかねえ」
まるで理解できないといったニュアンスでパキパキと首を回してぼやいたクラウズは、「悪いが俺は、いざとなれば魔物なんぞは殺して、おまえたちの身の安全を最優先にする」と、傷だらけの指を鳴らして、セスナとララに宣言する。
セスナとララは顔を見合わせ、この赤髪の剣士はどれだけの、自分たちの知らない戦いを経験してきたのだろうと、想像を働かせる。
「戦況が不利になったら迷わず、自分たちの命を優先して戦うこと。いいな」
クラウズは珍しく語気を強めて二人に言い、鞘に収めた短剣を抜いて、その汚れを手で拭う。
そしてその剣をクルル……と回転させて鞘に収めると、「戦闘は遊びじゃねえんだ。甘っちょろいことをやってると、いつかお前たちが死ぬぞ」と、その手で屠ってきたであろう魔物や魔族の命の数だけの傷を見つめ、その傷だらけの手で、セスナとララの頭を順にポンポンと叩いた。
こうしてシリアスな空気を帯びた三人は、しかし歩き出すといつものようにペチャペチャとだべりながら横に並んで、岩だらけの荒れ地を、古代都市へと北上していく。
セスナ旅立ちから、二か月と一日の十五時。
薄い水色の空の下、次第に濃くなる重々しい空気を感じながら、セスナとララとクラウズの三人は、北の古城へと近づいていくのだった。




