♢41♢ 予感
セスナとララ、そして新たに旅の仲間に加わったクラウズは、それぞれ手にした冷たい水で、再会を祝して乾杯をした。
セスナ旅立ちから七日目の正午。
――ガヤガヤ。
砂の国サンドウィッチ王国のレタス城でふるまわれる、百世帯限定の食事の無料サービスは、育ち盛りの子どもが多い家庭のレタスの民に大いに歓迎された。
子ども達は幾何学模様の壁紙の食堂をテーマパークさながらに走り回って「きゃあうー」と奇声を発し、四人掛けのテーブルについて食事をしているセスナ達の足元をドタドタと駆け抜けていく。
「しっかし。昔から騒がしいなあ、このレタスって街は」
大地にどっしりと根を下ろす大木のような褐色の瞳で、頬張ったケバブをもぐもぐと頬張りながら、赤髪のクラウズがぼやく。
セスナとララはこうして一緒にテーブルを囲んでいるその作家兼伝説の短剣遣いが、自分たちの旅の仲間に加わったという事実が、まだどこか遠いことのように感じられて、黙って頷いた。
クラウズは白地にベージュの縞模様のシャツに黒いズボンを合わせており、そのストライプのシャツにケバブのソースが飛び跳ねて付着すると「しまった」と呟き、慌ててナプキンでその胸元の汚れを拭う。
その様子に親近感を覚えたセスナは「クラウズ、襟のところにもソース、ついてるよ」と、自身のピラフ定食を頬張りながら教えてやる。
ララは煮込み定食を口に運びながら「この国の女王、リヴァイアサンは寛大な性格なのかしら。子ども達にババア呼ばわりされて、それを許しているなんて」
ふと、同じ女性として疑問に思ったことをララが口にすると、ソースの汚れを拭き取ったクラウズが「この世界の大陸各国は、どこも仲がいいからな。その内情も、ずいぶんのんびりしたもんだ」と発言し、「これで魔物や北の魔族の存在がなけりゃあな」と続ける。
「クラウズ。八年前にぼくがクラウズから託された、あの短剣なんだけど……」
スプーンでピラフをかきこんでいたセスナが、隣に座るクラウズを向いて切り出す。
「ゴーレムとの戦いで、ボロボロになってしまったんだ。ごめんなさい」
そして、とつけ加え「それに今は大剣士クロスの大剣も、剣先が溶けてしまって、鍛冶屋さんに修理に出しているんだ」
クラウズの顔色を窺いながら、おそるおそるセスナが説明する。
クラウズはその話を聞くと「ああ」と言って「気にすんな。あの短剣はお前をここまで導いてくれた。クロスの剣にしても同じだ」と、口の端を上げて応じる。
「ということは、お前たちは今は、クロスの剣の修理待ちか?」
クラウズの問いにセスナが「うん。鍛冶屋さんの話だと、二か月くらいはかかるって」と答える。
「二か月か……」
クラウズは呟き、「ならその間、俺がみっちり、お前の剣の稽古をしてやろう」とセスナにもちかける。
「わあ、本当に!? すごいや!」
伝説の短剣遣いに手ほどきが受けられることに喜ぶセスナは、瞳を輝かせて、正面に座るララに破顔する。
「よかったわね、セスナ」
子どものように喜ぶセスナの姿に、ララも嬉しそうに頷いた。
――こうしてその後二か月の間、セスナ一行はレタス城に滞在し、剣士クラウズにみっちりマンツーマン指導を受けるセスナの姿と、敵役としてセスナの攻撃に応戦するララの姿を、三人から少し離れた場所に集まった子ども達が興味津々で眺めるという日々が続いた――。
♢♢♢
セスナ旅立ちから二か月と一日。
大陸最北端の古城、最上階の最奥の部屋で、バラはいつものように、世話役となったゾーラが部屋に運んできた昼食を済ませ、そして用を済ませた。
「……」
バラは自身の下腹部に手を当てて、女性のみがもつ体のリズムが乱れていることを思案した。
――もしかして。
バラは魔王ヘルデスがおよそ二か月前、最後にこの部屋を訪ねた日。ただ一度きりの契りを交わした、あの昼下がりに見た青いモルフォ蝶を思い出す。
「――……!!」
そしてそのままベッドへと歩いていき、その薄い羽毛布団に腰を下ろす。
「……」
バラは紅いドレスの腹部を、割れやすいガラスを包むような手つきで、しばらくのあいだ撫でさすり続けた。
♢♢♢
バラが己の身体に、ある予感を感じた、ちょうどその頃のこと。
二か月のマンツーマン指導を剣士クラウズから受け終えたセスナは、ララとクラウズを引き連れ、鍛冶屋ピスタチオの工房へと向かった。
――カーン。カーン。
工房では額に汗するピスタチオが、やはり茶色の作業着の袖を肩のところまで捲り上げ、上腕二頭筋を振り上げて古い武器を鍛え直しているところだった。
「ピスタチオさん。二か月前に修理をお願いしていた剣を、引き取りに来ました」
セスナがそう言い、軽く頭を下げる。
ピスタチオは「おお、きみか」と、セスナを振り返り、しかしすぐに「申し訳ない!」と声を張って深く頭を下げた。
「――あの大剣は、直せなかったんじゃ」
ピスタチオは足元に寝かせて置いておいたクロスの大剣を持ち上げ、その剣先が溶けたままの剣の峰に片手を添えて、申し訳なさそうに目を伏せる。
「この剣は二度ほど、サラマンダーの炎を受けているらしい。表層部のダメージはおろか、深層部に受けた損傷がひどく、どうやっても鍛え直せなかった」
再び「申し訳ない」と、ピスタチオはその汚れた顔をくしゃくしゃに歪めて詫びる。
セスナはその説明を聞いてクロスの剣を受け取ると「大丈夫です、ピスタチオさん。この剣は、ぼくをここまで導いてくれた。その役目はもう充分に果たしてくれましたから」と言って、ね? という表情で背後に立っているクラウズを見上げる。
セスナに水を向けられたクラウズは頷き、「いにしえの技が眠る古代都市ダークマターに行けば、このクロスの剣にも劣らない武器が手に入るかもしれん」と応じて、自身の腰に携えている、セスナに託したものとは別の短剣に手をかける。
「本当に、申し訳ない」と再度頭を下げるピスタチオに、ララが「おじさん。剣士クラウズが一緒の私たちなら、きっと大丈夫ですから」と勇気づける。
そしてピスタチオの「この上厚かましい願いなのは承知の上だが。この剣を、今後の仕事の参考として、この工房で預からせてくれないだろうか」という申し出に、三人は快諾して、クロスの大剣をピスタチオに託した。
♢♢♢
「二か月もの間、お世話になりました」
レタスの宮殿の最奥、幾何学模様の玉座の間。
そこに悠然と座するリヴァイアサンに、セスナとララは深く頭を下げて礼を述べる。
二人の背後に保護者のように立つクラウズは「助かったぜ、ばあさん」と片手を上げて気軽な調子で言い、リヴァイアサンも「うむ。またなにかあれば、いつでもこの城を尋ねるとよい」と、ド級美少女の笑顔で応じた。
♢♢♢
「わあ、寒い!」
レタス城を出たセスナとララは、いつの間にかすっかり冷たくなっていた風に今更のように気づき、軽く身震いする。
クラウズはそれを微笑ましそうに見やり、赤い砂丘の上空、淡い水色の絵の具を刷いたような空を見上げて、目を細める。
――どうやら、次の物語を書く時が来たようだな――
「おおい、クラウズ」
先を歩くララとともに自分の名を呼ぶセスナの声に振り返り、「いま、行く」と返事をしたクラウズがついて、三人は歩き出す。
旅の仲間の三人が次に向かうは、大陸北方に広がる古代都市、ダークマター。
未だ謎の多いそのいにしえの都市は、三人の行く末を待ち構えるように、不気味な空気を帯びて静かに聳えていた。




