♢40♢ 新たな仲間(2)
その男は「3」の紙を引いたのだろう、セスナの隣の席に座って、ケバブ定食の乗ったプレートを前に、グラスの中の冷えた水を飲んでいる。
「剣士クラウズ!」
「紅のイケオジ!」
セスナとララが声を揃えて、その赤髪の中年男を見て叫ぶ。
男は「ん?」と二人を交互に眺め、「ああ、バレちまったか」と言って、皿に盛られたケバブを一つ、傷だらけの手で掴んで口へ運ぶ。
声を揃えたセスナとララは互いに「え?」という感じで、顔を見合わせる。
赤髪の男はごつごつとした大きな手でケバブを頬張り、グラスの水を飲み干すと、まずセスナに視線を止めて口を開いた。
「でかくなったなあ。ぼうず」
その言葉に、セスナはバン! とテーブルを叩いて立ち上がり、「ぼくを覚えているの! クラウズ」と言って、赤髪の男に向き合う。
クラウズと呼ばれた男は「近ごろ魔王城へ旅立ったという、クロスの青いマントを羽織った金髪の剣士の噂は、俺の耳にも入っているからな」と言ってセスナに片手を差し出し、「クラウズだ。八年ぶりか? まさかこんなところで会うとはなあ」と言って、雄ライオンのように威厳のある目尻を下げて笑った。
そして「あ、ええと」とまごつきながらその手を握るセスナを懐かしそうに見つめると、驚きで硬直しているララを振り返り、「ということは、お嬢ちゃんがバラの一人娘、西の森の魔女ララだな」と言って、「クラウズだ。まあある時は、紅のイケオジとも呼ばれている」とつけ加える。
そしてセスナと握った手を離すと、同じように、ララにもその片手を差し出す。
「あ……ええと、私……」
セスナ以上に動揺しているララは震える両手で、そのごつごつとした大きな手を握る。
「俺が最後にお嬢ちゃんを抱っこしたのは、十五年以上前か。あの頃のクロスとバラのやつ、お嬢ちゃんを目の中に入れちまうほどに可愛がっていたっけなあ」
「……!!」
クラウズの言葉に、ララはこみ上げてくるものを抑えようと、両手で顔を覆う。
セスナは「え、と、つまり、伝説の剣士クラウズが、作家、紅のイケオジ!?」と、混乱した脳内を整理しながら、震える声で泣いているララとクラウズを交互に見やる。
クラウズは両手で顔を覆って泣いているララを優しげに見つめて頷くと、やがてゆっくりと語り始めた。
♢♢♢
「俺が隠遁したのは今から十五年前、弟子のクロスと妻のバラの死がきっかけだった。クロスとバラの訃報を聞いた俺は、自分がクロスから直接聞いた話を『ドラゴニアーク』という本にまとめるため、執筆活動に入ったんだ。あ、ちょっと水をくれないか」
グラスの冷えた水を飲み干したクラウズが、給仕係におかわりを希望して、続きを語る。
「そして剣士クロスと魔女バラ、弓士ルルーの物語『ドラゴニアーク』を書き終えた俺は、その本を出版するため、八年前にバタフライの王都へと出向いた。そこでぼうず……お前さんが剣の稽古をしている姿に出会い、俺は自分の短剣を、お前さんに託した」
クラウズの言葉を聞きながら、セスナが小さく頷く。
「今ではよく知られている『東の剣士と西の魔女が出会う時、世界に平和が訪れる』という言い伝えには、続きがあってな。俺が大陸各地を旅していた時に耳に入れたその言い伝えの続きは、こうだ」
その大きな手で長い前髪を掻き上げながら、クラウズはつけ加える。
「彼の地の剣士は緑の瞳で金の髪を揺らし、青きワイバーンに跨りし者なり」
そして「青いワイバーンの小屋の前、夢中で剣を振るうお前さんの太刀筋、身のこなしや動きの速さ、そして負けた相手を必要以上に攻めて追い詰めるなんてこたあしない、優しい心根。俺の弟子のクロスとそっくりだった」と続ける。
「東の剣士を見つけた俺は自分の短剣をそのぼうずに託し、王都マッシュルームで『ドラゴニアーク』を出版すると、作家活動に専念するため、大陸から姿をくらました。そしてその後は七年間、古代都市ダークマターの周辺で、魔王やそのまわりのことを調査していたんだ」
そこまでを語り終え、赤髪のクラウズは、緑のまなこを見開くセスナと、涙を拭う紅い瞳のララを交互に見つめ、穏やかな口調で切り出した。
「こうして再会したのも、なにかの縁だろう。俺をお前さんたちの旅の仲間に加えてくれねえか。ガキにはできない、大人のいい仕事をするぜ」
――時は満ちた。
東の剣士と西の魔女、そして伝説の短剣遣いは再び出会い、その運命をともにするため、新たな旅の仲間となった。
大陸の平和を願う少年と、己の真実を追求する少女、そして物語の書き手が物語の登場人物へと加わり、この『蝶々幻想物語』は大陸の運命をかけたクライマックスへと向かい、加速していくこととなる――。
三人はそれぞれ冷えた水の入ったグラスを目の高さに掲げ、「旅の仲間の再会を祝して、乾杯」というクラウズの掛け声とともに、一気飲みで飲み干す。
豪快にあおった水を飲み損ねてゴホゴホとむせるセスナの背を叩くララを見つめ、クラウズは「――本当に、よく生きていてくれた」と、誰にも聞こえない声で呟き、思い出の中の、幸せそうな親子三人の姿を思い描き、かたく目を閉じたのだった。




