♢39♢ 砂の王国
対サラマンダー戦でクロスの大剣の剣先が溶けてしまったセスナは、鞘に収まらないその大剣を胸に抱き、ララとともにとぼとぼと、赤い砂丘を西へと進んでいた。
セスナ旅立ちから六日目の、およそ15時。
砂の国サンドウィッチ王国の関所に辿り着いた二人は、今回もまずは見張りの兵士に「おみこし」の通過があるかどうかを確認し、それから勇者手形を見せて、石造りのアーチを抜けて無事に王都レタスへと入国した。
――ジャララァン♪
砂の国サンドウィッチ王国の王都レタスを歩くセスナとララの二人に、神秘的な砂漠地帯を思わせる独特の音楽が、街のいたるところから聞こえてくる。
木材の少ないこの地域では石造りやレンガ造りの家が多く見受けられ、各家の入口の前に腰を下ろしてパイプをふかしているレタスの民が、道を行くセスナとララを興味深そうに見ている。
「セスナ、まずはレタス城へ行きましょうよ。事情を説明して、少し休ませてもらいましょう」
ララが提案すると大剣を抱えたセスナは「うん」と頷き、二人はサラサラとした砂を踏みしめながら、その所在地を案内板で確認し、レタス城へと向かう。
♢♢♢
「わあ……」
サンドウィッチ王国の誇る王都レタスの城。青と金の幾何学模様が美しいその宮殿を見上げ、セスナとララはそれぞれため息をつく。
見張りの兵士に勇者手形を見せた二人は、うやうやしく道を譲る兵士に小さく頭を下げてから、宮殿の入口へと続く砂の道を踏み出した。
「なんだか別世界みたい」
ララがそのエキゾチックな雰囲気に感心して辺りを見回して言い、セスナも「アラビアンナイトの世界みたいだ」と、幼い頃に読んだ外国の物語を思い出す。
そして宮殿の入り口に辿り着くと、再び、見張りの兵士に勇者手形を見せる。
見張りの兵は「マルス王の手描きキノコを確認しました。我らがサンドウィッチ国の女王との謁見を許可します」と言い放ち、セスナとララに、その美しい宮殿の扉を開いた。
見張りの兵に謁見の間までの道を教えられ、セスナとララは言われた通りに進んでいく。
そして【砂丘の間】と書かれた大広間までやってくると、少し緊張していた二人はふう、と息をついて壁に背をもたれた。
――そのまま待つことおよそ十五分。
コツ、コツ、という靴音が、宮殿の奥、砂丘の間を出たその先から響いてくる。
クロスの大剣を胸に抱いたセスナと隣に立つララは、背筋を伸ばして、この国の女王が姿を見せるのを待つ。
すると背後に二人の側近を引き連れた砂の女王が、エキゾチックな服を身に纏って砂丘の間に姿を現した。
♢♢♢
「よくぞ我がレタス城にお越しくださった。旅のお方よ」
サンドウィッチ女王は高らかに言い放ち、セスナとララの前に、あどけなさの残るような美少女の姿で歩み寄る。
「私がサンドウィッチ王国の女王、リヴァイアサンだ」
リヴァイアサン女王は左胸に手を添えて、朗らかに自己紹介をする。
セスナとララは「リヴァイアサン女王、お目にかかれて光栄です。バタフライ王国の東の剣士セスナと西の魔女ララです」と、揃って頭を下げる。
すると砂丘の間の外からバタバタバタ……と、騒がしい足音が鳴り響いてきた。
セスナとララが振り返ると、七、八歳の子ども達だろうか、「わあー」とやかましく叫びながら、十人ほどがわらわらと砂丘の間に駆け込んでくる。
「BBA! BBA!」
子ども達は囃し立てながら、リヴァイアサン女王の周りを囲むようにして「めっちゃビービーエー!」と猿のごとく叫んでいる。
「ええい黙れクソガキども! 私はババアではない!」
やあい、やあいと囃し立てる子ども達を一喝し、リヴァイアサンは拳を振り上げて子ども達を蹴散らす。
ぽかんと立ち尽くすセスナとララの足元に、何人もの子ども達が「きゃあー」と叫んでは、猿の子のようにまとわりつく。
「ええい、いいかげんにせんかガキども! 旅のお方が驚いておられるじゃろう!」
超ド級の美少女の顔で喝を入れるリヴァイアサンに、子ども達は「ババアが怒ったあ」とわめいて、砂丘の間を走りまわる。
「ええと……」
台風の目のような子ども達の喧騒にあっけにとられたセスナとララが立ち尽くしていると、リヴァイアサンは「騒がしくてすまぬ」と、苦笑しながら軽く頭を下げた。
そして「この国は一夫多妻制を採用しているが故か、ああいう騒がしい猿のようなガキの、それはまあ多い国なんじゃよ」と、その異常なほど愛らしい少女の顔立ちとは似合わぬ口調で、この国の成り立ちを説明する。
「イップタサイセイ?」と首を傾げるララに、セスナが「ひとりの男の人が、何人もの奥さんをもつことだよ」と耳打ちで説明する。
耳打ちするセスナと「へえ」と感心しているララに、リヴァイアサンは向き直って語る。
「おぬしら、私の顔を見て不思議そうな顔をしておるな。私は十代の頃に、この国の魔女に調合させた、対人間用の不老不死の薬を飲んだ者なのじゃ。以来、その薬を飲み続け、数十年の間、このように歳を取らずに生きておる」
リヴァイアサンの説明にやっと合点のいったセスナとララは揃って頷き、亜麻色の髪に幾何学模様の施された金の衣を纏う、その異様なほど美しい少女を見つめた。
後ろでその話を聞いていた子ども達がまたしても「見た目は子ども、中身はビービーエー!」と叫ぶと「やかましい!」と振り返って喝を入れるリヴァイアサンは、「どにかく今日は、この宮殿で旅の疲れを癒すがよいじゃろう」と、セスナとララに宮殿内の説明をする。
説明を受けたセスナとララはさっそく、ゲストルームに向かうことにした。
♢♢♢
「ふう。やっと落ち着いたね」
大剣を抱えたセスナが「よいしょ」と言って、剣先の溶けたクロスの剣を幾何学模様の壁に立てかける。
ララも「あんなにたくさんの子ども達に囲まれたのは初めてよ」と言って、「まだ耳がキンキンしているわ」と苦笑いを浮かべる。
「それじゃあ、お風呂に行こうか」
ゲストルームの革のソファでひと休みした二人は頷いて立ち上がる。宮殿内の最奥、青い暖簾と赤い暖簾の前で別れると、それぞれまばらに入浴する人々に交じって、丁寧に旅の疲れと汚れを落とした。
「セスナ!」
風呂上がりのララが、大浴場の前に備えられたソファに座り、青い暖簾をくぐって出てきたセスナの名を呼ぶ。
「いま何時だろう?」セスナが幾何学模様の壁を見上げると、美しい装飾の施された金の時計の針は18時少し手前を指している。
「食堂に行ってみようか」
セスナの提案にララも頷き、二人は先ほど説明を受けた通り、宮殿内の広い食堂へと向かう。
――ガヤガヤ。
「この宮殿では毎日、無料の食事を百世帯限定で提供しているのじゃ」というリヴァイアサンの言葉通り、幾何学模様の食堂はすでに人で溢れており、人気の巨大ショッピングモールの休日のフードコートと化している。
そこここで「ぎゃああー」という泣き声が響き渡り、セスナとララの足元を子ども達が「ぎゃあー」と叫びながら疾走していく。
「ええと……あ、ここは食券なんだね」
ショッピングモール併設のゲームセンター並みの騒音の中、セスナが食券機を認めてララを振り返る。
「勇者手形をかざすスキャナーもあるみたい」と、どことなく古代のデザインで作られたようなその食券機を指差して、ララもセスナを見る。
二人は足にぶつかってくる子どもを避けながら食券機に向かい、スキャナーに勇者手形をかざす。
すると衣装箪笥ほどの大きさの食券機の中央部にある黒い球体が赤く発光し、その赤く光る五つの球体にそれぞれ「1」「2」「3」「4」「5」と、青い数字が光って浮かび上がる。
「この数字を選んで、押せばいいのかな」
セスナはララを振り返って言い、とりあえず「3」の数字の光る球体を押した。
――ポトン。
すると食券機の下部の小さな扉から、「3」と書かれた紙切れが出てきた。
ララもセスナを真似て「5」と青く光る球体を押し、その番号の紙切れを取り出す。
二人はそれぞれ番号の描かれた紙を手にカウンターに並び、セスナはコロッケ定食を、ララはケバブ定食を受け取った。
それぞれの定食を手にした二人は大混雑の食堂の中からなんとか空いている席を見つけ、そこに腰をおちつける。
そして「ララ、ケバブいいなあ」というセスナのセリフに、ララはセスナのコロッケ定食と、自分のケバブ定食を交換して、それぞれ食べ始めた。
食べている最中も周囲の席からは「やあだー」と泣き叫ぶ子どもの声や「ガシャーン」「パリーン」といった食器が割れる音などが響き、セスナとララの二人は珍しく会話もそこそこに、それぞれの定食を平らげていった。
♢♢♢
食事を終え、ゲストルームに戻った二人は「やれやれ、静かだあ」と、ほっと息をつく。
「セスナ。その大剣のこと。明日になったらリヴァイアサン女王に相談してみましょうよ」
ベッドに腰かけるララが、前髪に刺したピンクのヘアピンを外しながらセスナに提案する。
青いヘアゴムで金の髪を結い直していたセスナも「うん。リヴァイアサン女王は長生きしている人みたいだから、なにかいいアイディアをもらえるかもしれないね」と応じて、ボスッ、とベッドに横になる。
そして美しい幾何学模様の天井を見つめる二人は、瞬く間に眠りに落ちていった。




