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第三話 東の剣士(2)

 ルキア。おいらの大切な友達、ルキア。

 

 息を切らしてセスナは路地裏を駆ける。

 もしもルキアに何かあったら、許さないぞ。

 

 路地裏を抜けて東へ直進すると、ベロー地区の通りが見えてきた。セスナが一度も立ち入ったことのないスラム街だ。

 だが違法格闘場の話は聞いたことがある。たしか表向きは地味なよろず屋を構えており、地下がまるごと闘技場になっているらしい。

 物乞いをする子どもや道に座り込んでいる老人にも構わず、よろず屋の看板を探す。

 それらしい店を目に止めると、セスナは店番の男が何か言ってくるのを無視して地下に駆け込んだ。


 はたしてルキアはそこにいた。

 闘技場では今まさに魔物同士の決闘が行われており、円形の舞台のすぐ脇に、鎖でつながれていた。

 雄だが大人しい性格のルキアは目の前の闘いにすくんでおり、自分が炎を吐くワイバーンであることさえ忘れているようだった。

 「ルキア!」

 セスナが叫んで駆け寄ろうとすると、大柄な男に肩をつかまれた。

 「小僧、ここはガキの来るところじゃねえぞ」

 「黙れ泥棒! おいらのルキアを誘拐しやがって」

 「ルキア? ああ、あのワイバーンか。ドラゴン系は客受けがいいからな。攫われちまったもんは仕方がねえ。諦めろ小僧」

 男の手がセスナの肩に食い込む。

 「離せ! ルキアに決闘なんかさせないぞ! うちに連れて帰るんだ」

 セスナも引かない。

 

 観客の声援に埋もれて大男と揉み合っていると、背後から違う男が現れた。

 その男は青髪に金色の瞳をしており、どことなく人間離れした雰囲気だ。痩せて長身で、肌は青白い。

 セスナと大男の間に割って入ると、大男は後ずさって声を張る。

 「ワイバーンの持ち主のガキだ。こんな子供に店を嗅ぎ付けられるなんて、あんたらのやり方はどうなってる」

 「ガキの一匹や二匹紛れ込んだところで、騒ぐことはないだろう」

 魔王様が、と青髪の男は付け加えた。

 「新しい乗り物をご希望でな。早急にあのワイバーンの強さを測る必要があるのだ」

 魔王様だって?

 セスナはその長身の男を見上げて合点した。こいつは人間じゃない、魔族だ。

 大陸の北部にのみ生息する魔族が正体も隠さず王都に出入りするなんて、今まではなかったことだ。北の古城の魔王が力を増しているという噂は本当だったのだろうか。

 魔族の男は身を固くしているセスナを眺めると、しかし意外な言葉を口にした。

 「小僧。あのワイバーンの代わりに貴様が魔物と闘い、勝てばワイバーンとともに家に帰してやろう」

 負ければセスナの命が、決闘を拒否すればルキアの命の保証がない。

 「おいおい、なにを勝手なことを言ってやがる! ガキと魔物の決闘に賭けるやつがいるかよ」

 「それはどうかな」魔族の男が薄く笑う。

 セスナは逡巡した。



 ♢♢♢


 セスナが闘技場の舞台に上がると、客席は一層盛り上がった。

 大男の考えとは裏腹に、大勢の客が面白がってセスナに何枚もの金貨を賭けた。

 「みなさん! ただ今よりゴーレムと少年セスナの決闘を開始します!」

 

 審判の大音声と共に、グオォ……という呻き声が会場に響き渡る。

 セスナの背丈の三倍はある泥のような人型の怪物が、何人もの大男に鎖で引かれて舞台に上がった。

 「やれー! 兄ちゃん、やっちまえ!」

 「大丈夫なのか? あれは女の子じゃないのか」

 会場には様々な声が飛び交う。

 セスナは深呼吸すると、額を伝う汗を手の甲で拭ってから、腰に帯びている短剣を抜いて構えた。


 「それでは試合、開始!」 

 

 ドォン、と、大太鼓が打ち鳴らされる。

 セスナはゴーレムを観察した。

 

 体は大きいが、動きはそんなに速くない。

 初めて間近に見るゴーレムの体は泥のようにも岩のようにも見えるが、生きている以上どこかに急所があるはずだ。

 舞台の脇に繋がれているルキアは、不安げにセスナとゴーレムを見ている。

 そしてルキアから少し離れた場所に、ゴーレムを操っている魔法使いらしき人物が、ブツブツと何かを呟いている。


 「あっ、ゴーレムが動きました!」 

 「グオオォォォ……」

 

 ドスン、ドスンと歩き出したゴーレムは徐々に加速をつけ、セスナの目前まで接近すると、巨大な腕を振り下ろした。


 ドォォォン!

 

 轟音と共に砂塵が上がる。


 「少年は、少年はどうなったのでしょう!?」

 

 審判は興奮しながら旗を持って舞台の端を行き来する。

 ゴーレムの一撃を素早くかわしたセスナは、背後に回り込んでそのまま駆け出し、泥人形の背中に短剣を突き立てた。


 ガキイィィン!


 セスナの短剣が弾かれる。


 「硬い! ゴーレムは硬いぞ!」

 審判が大音声で解説する。


 「どうする、少年!」

 

 弾かれた衝撃でバランスを崩したセスナは、しかしすぐに体勢を整える。

 短剣を逆手に握り直し、今度はゴーレムの正面から突進していく。


 「やああぁぁぁ!」

 限界までゴーレムとの間合いを詰めてから、軽やかに飛び上がる。

 そしてゴーレムの額に光る魔石らしき個所に短剣を振り下ろした。

 

 キイイィィィン!

 短剣と魔石がぶつかる音が響く。


「グオオオォォォォォ!」


 呻き、よろめくゴーレムの体が発光する。

 白く光る巨体は、土塊になってボロボロと崩れていった。


 「ゴーレムが崩れたぁ! 少年の、少年の勝利です!」

 「ワアアァァァ!」

 

 客席が沸く。

 セスナはルキアを振り返り、嬉しそうに笑顔を見せた。



 ♢♢♢


 会場の隅で試合を見ていた二人の男が至近距離で話している。

 「まったく、とんだ提案をしてくれたもんだぜ! 損失分の金貨は払ってもらえるんだろうな」

 最初にセスナと揉み合っていた大男が吐き捨てると、魔族の男は満足げに口の端を上げて言った。

 「金貨など充分にくれてやる。それよりも……魔王様に報告せねば。ついに見つけた、と」


 そしてもう一人、試合の一部始終を見ていた人物が、ルキアと共に店の裏口から出てきたセスナに声をかけた。

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