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♢33♢ ゾーラ

 よく晴れた冬の始め。セスナとララがキラーゾンビの魂を解放して戦闘終了した、その頃。


 上空を妖しげな紫色の結界に護られた北の古城。魔王ヘルデスの側近、魔族の女ゾーラは、自身が世話役を申し出た魔女バラが閉じ込められているその部屋に、朝食を乗せた銀のトレーを持って顔を覗かせた。


 「グッモーニン。黒猫ちゃん」

 トレーを手にしたまま戸を開け、バラに声をかけてから戸を閉める。

 紅いドレスの上にシルク仕立ての白い上着を羽織ったバラは、ゾーラの姿を認めると少し警戒して、テーブルの上にトレーを運ぶゾーラを観察している。


 「そんなに怖がらないでよ。なにもあんたを煮て焼いて食べようってわけじゃないんだから」

 トレーを置いたゾーラがさらりとした青い直毛を耳にかけて言うと、バラは「てっきり、煮て焼いて食べられるのだと思っていたわ」と、冗談とも本気ともとれる言葉でゾーラの顔を見る。


 「まあ、ガングルーはああいうやつだからさ。もともと私も魔王様も、ガングルーとはちょっとノリが違うというか」

 言いながらゾーラは皿に盛りつけられた、人間用に味つけのされた魚のソテーにフォークを突き刺す。そして少し味見して、「うへ! なにこれ」と言って、顔をしかめて舌を出した。


 「……ガングルーがこの城から私のもとへ仕向けられただなんて。あの頃は全然、気づかなかったわ」

 ハルデスを封じた時、それを免れた魔犬の存在に、バラとその仲間は気づかなかった。

 そしてその後、自分の元に現れた魔犬ガングルーと主従の契約を結び、この城に連れ去られるまでのおよそ二年間、王都マッシュルームで、クロスと生活しながら、ガングルーを使い魔として側に置いていた。

 バラがクロスと王都で幸せに暮らした、その二年の間にララが産まれ、一歳になったララを、ガングルーは西の森へと連れ去ったのだ。


 「ねえ……ララは……私の娘は、今どこにいるの?」

 ふいに尋ねられ、ゾーラは「さあ」と言って首をかしげる。


 「私、この城の外のことはほとんど、魔王様から聞かされてないから」

 言いながらゾーラはバラの粗末なベッドにぽすんと腰かけると、「もうちょっと、マシな布団でもいいのにね~」とつけ加えて、飛び出した羽毛を拾い上げて、指先でクルクルと弄ぶ。


 「あなた、この城にはどれくらいいるの?」

 

 バラの問いかけに、ゾーラは「七年くらいかな」と答える。


 「私はさ、最初、自分が魔王になるつもりでこの城に来たんだよね」

 ゾーラは弄んでいた羽毛を口元へ持っていき、それに「ふっ」と息を吹きかけて、飛ばして遊んでいる。


 そしてゾーラは、己がこの城を訪れた頃のことを、ぽつぽつと語り始めた。




 ♢♢♢

 

 ゾーラはあるちいさな魔族の集落で、祖母に育てられた。

 ゾーラが生まれた時には両親はすでに死んでおり、たった一人の身内である高齢の魔族の祖母と、助け合いながら暮らしていた。

 ゾーラが幼い頃はよく祖母から、赤髪の剣士が、ある魔族の村を滅ぼしたという話を聞かされた。

 その祖母も、ゾーラが十三歳になる頃、病で死んだ。


 ゾーラは、北の古城に魔王として君臨したハルデスが、その四年後、大剣士クロスとその仲間によって討たれたという噂を思い出した。

 ひとり残されたゾーラは考えた。

 ハルデス不在の魔王城で、自分が、次の魔王として君臨すればいいではないか。

 氷の魔法を得意とするゾーラは、魔力と戦闘には自信があった。


 十三歳のゾーラは故郷の集落を出て、北の古城の門を叩いた。


 しかしそこに現れたのは、十六歳になる、ヘルデスという若い魔王だった。

 側にはレムノウという、年齢不詳の男も控えている。

 

 その二人は外見はよく似ているが、しかし、その魔力には圧倒的な力の差を、ゾーラは感じた。


 ゾーラは考えた。

 この若い魔王に戦いを挑むのは無謀だ。

 むしろレムノウのように、その懐に入り込み、魔王の相伴にあずかって、魔族を討つ勇者や冒険者からの盾となってもらえばいい。


 そしてゾーラはその後、二十歳になるまでの七年の時を、レムノウとともに、魔王ヘルデスの側近として生きることになる――。




 ♢♢♢


 ゾーラはそこまでを語り、バラのベッドに仰向けに寝転がった。


 ゾーラの話を聞いたバラはなにか考えるように、皿の上の料理に手をつけずに、椅子に座って両手を膝の上で組んでいる。


 

 「それにしても。あんた、ちょっとすごいよ。魔王様が興味をもった女なんて、あんたが初めて」

 ベッドに寝転がって言うゾーラの言葉に、バラは複雑な面持ちで応じる。


 「でも、私には魔王がよくわからない。魔王の過去を知ってしまっただけに」


 その言葉に、ゾーラは目を丸くして「そんな話までしてるの」と言って、にやにやと猫口になってバラを見る。


 「けっこうお似合いだと思うんだけどな~、あんたと魔王様。実は初心うぶな魔王様に、恋のレッスン、してあげたら?」

 ゾーラが猫口でからかうように言うと、バラは「やめてよ、ゾーラ」と真顔で否定する。


 女子トイレ内の鏡の前、OLのメイク直しのおしゃべりのノリで、二人はその後も色々な話題に花を咲かせる。



 「あっ。ちょっとのんびりし過ぎたかな」

 ゾーラはガバッと身体を起こして言うと、ベッドから立ち上がって、窓辺の椅子に座るバラに近づく。

 そしてバラの黒髪に触れるとその耳元に唇を寄せて「そんなに娘が恋しいなら。もう一人、つくっちゃえば」と言って悪そうに笑う。


 「……!!」


 赤面して硬直するバラから顔を離すと、「魔王様は、だぶんマジだよ」と言って、「あー面白い」と笑いながら、その部屋を後にした。

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