♢32♢ ママ
日暮れ時のエルフの森を北へと進んだセスナとララは、エルフの姫、スズアの協力により、無事にその迷いの森を抜けることができた。
――ホウ、ホウ。
「あっ、オアシスのテントが見えたよ!」
二人が幻想的な森を抜けた先には再び緑の平野が広がり、夕闇の中、セスナはまばらに立つ木のそばに、簡易休息所オアシスのテントがあるのを認めた。
「よかった。ここのテントはベッドがふたつある。今夜はマジックテントを使わずにすみそうだ」
テントの入り口から中を覗いたセスナが言い、二人はその休息所へと入る。
備えつけの机の上には、やはり旅人の手紙や伝言、メモや日記帳などが散らばっている。
二人はそれぞれ簡易ベッドに腰を下ろし、セスナがテントの横の井戸から水を汲んで戻ってくると、そのコップをララに手渡した。
「回復魔法の会得、おめでとう」
セスナとララはよく冷えた水で乾杯をし、渇いたのどを潤していく。
さっそくテント内に積まれた革袋の中からミラクルカンパンを補充し、セスナは自分たちの賞味期限の切れていたカンパンを、テントの外の鳥に与えた。
セスナがテントに戻ると、ララは簡易ベッドにきちんと座って、しかし足の先をぶらぶらと前後に揺らしている。
「スズア姫と、もっと話したかったんじゃない?」
ベッドに腰かけたセスナがララに尋ねると、ララは「ええ」と頷き、「マルス王はきっと協力してくれるわよね」とセスナを見る。
「うん、きっと。この旅が終わったら、またエルフの森にスズア姫を尋ねてみようよ」
セスナが応じると、ララはふ、と視線を飛ばす。
「この旅の終わり……世界はなにか変っているのかしら」
遠くを見るようなララの横顔に、頷いたセスナも前を見つめる。
「ぼくたちは旅にさえ出ればちゃんと強くなるんだって、友達のザッパが言ってたっけ。きみはすごいよ、ララ。あっという間に、回復魔法をマスターしてしまったんだもの」
「セスナだって、その大きな剣をちゃんと扱っているわ」
嬉しそうに微笑んだララが言い、セスナは「へへ……」と頬を掻く。
「きみの得意な魔法は、火の魔法なのかい?」
セスナの言葉にララが頷く。
「私たち魔女はほぼ普通の人間だけれど、生まれつき、魔族のように魔法を扱える魔力をもっているの。そしてこの世界には魔女や魔族、エルフの他に、古代都市の民と呼ばれる種族も、魔法とは違う未知の力を扱うことができるそうよ」
「ぼくたちがいずれ訪れる、古代都市ダークマターだね」
それぞれのベッドに腰かけて語り合うセスナとララの横顔に、簡易テントのなか灯された蝋燭の炎が、大きな影をつくっている。
「この旅が終わって、世界が平和になったなら。ぼくとララとでもっといろいろな場所を訪れてみない?」
セスナの言葉に、ララも「ええ」と応じて髪を耳にかける。
「この旅が終わり、すべての真実がわかったなら。セスナと旅をしながら色々な薬草を集めて。人々の役に立つ薬を調合したいわ」
「じゃ、ぼくが薬師ララのボディーガードになるよ」
二人は顔を見合わせて頷き、かたく握手を交わす。
「平和な時代がくるといいね」
「ええ」
そして語り終えた二人は寝るまでにそれぞれの時間を過ごした。
――……ボリッ……ボリッ……。
その後、横になったものの、空腹を覚えたセスナが寝たままミラクルカンパンを食べるという強化合宿で疲れた選手が立てるかもしれない音を聞きながら、ララは眠りについた。
♢♢♢
セスナ旅立ちから、五日目の朝。
よく晴れた晴天だ。
身支度をしたセスナとララはオアシスを出て、ムジカ王国のもうひとつの関所へと向かう。
つんと乾いた木々の香りがするような空気の冬の始め。どこまでも続くような緑の平野を行きながら、二人はあれやこれやと雑談して歩く。
すると二人の行く先に、フラフラと頼りない足取りで歩く人の後ろ姿が見えた。
「ララ、あんなところに人がいるよ」
セスナの言葉に、ララも平野の先へと目を凝らす。
その男はボロボロの服を身に纏い、身体中にひどい怪我を負っているようだ。
セスナとララの二人は駆け出し、やがて追いついたその男の、腐ったような匂いに驚いて立ち止まった。
――クルリ。
振り向いたその男には、目玉がなかった。
「キャアアアアアアアアアアー!!」
ララの甲高い悲鳴に、平野の木々の鳥が一斉に飛び立つ。
「キラーゾンビだ!! ララ、下がって!!」
セスナが叫び、背中に背負った大剣の柄に手を伸ばす。
ララは目玉のないゾンビに負けないほど、目玉が飛び出んばかりに驚いている。
セスナは鞘から大剣を抜くと、それを構えてゾンビに大きく振りかぶった。
「セスナ、だめよ!!」
ララが叫び、「あっ」と叫んだセスナの大剣が、ぎりぎりのところでゾンビをかわして地面に叩きつけられる。
「きっとそのゾンビも、どこかに青い魔石をもっているはずよ!」
初代魔王ザギウスが生み出したとされる、その者の心と体を支配する青い魔石。
この大陸上の動物や生き物は、その青い魔石により、魔物へと姿を変えられてしまったのだという。
生誕祭の夜に聖女ルマリアから聞いた話を、セスナも思い出した。
だがゾンビをかわして地面に剣先を振り下ろしたセスナに、キラーゾンビが意外な速さで攻撃を始めた。
――グアァァァ……!!
キラーゾンビは再び大剣を振り上げたセスナの脇腹に、腐った足で膝打ちを繰り出す。
「うっ……!!」
白銀のプラチナメイルで守られたセスナはゾンビの攻撃を受けてよろけるが、すぐに両足を踏ん張ってバランスを保つ。
「ララ、青い魔石を探すんだ!!」
セスナの言葉に、ララは必死に目を凝らす。
ララを振り向いたセスナに、ゾンビは高速で走り寄ってひじ打ちを与えようとする。
セスナは素早くしゃがんで地面に手をついてその攻撃をかわし、「ララ、魔石はどこ」と叫ぶ。
両手を胸のところで握って青い魔石を探すララは、「あったわ!」と声を上げる。
「どこ!?」
「ゾンビの頭頂部、つむじのところ! 青く光る魔石が髪の中に隠れているわ!」
「なんでそんなところに!」
セスナは叫び、三度目の高速攻撃を繰り出してくるキラーゾンビのハイキックを大剣で受け止める。
―-ズザザザザザッ!!
衝撃で後ろに後退したセスナは「ララ、回復魔法を打って!」と叫び、「でも魔石はまだ白くないわ!」と叫んで応じたララも両手を前方に構え、魔法を発動する準備をする。
「セスナ! ゾンビの魔石が白く光るまで、攻撃をかわし続けるのよ!」
ララのスパルタな指示に従い、セスナはキラーゾンビが繰り出す高速攻撃を次々とかわしていく。
「あっ」
しかし慣れない大剣を振り回したセスナはついにバランスを崩し、ぐらりとよろける。
その一瞬を見逃さないキラーゾンビが、両手を伸ばしてセスナに飛びついて覆いかぶさった。
「セスナ!!」
地面に倒されたセスナの首筋に、キラーゾンビが噛みつこうとした、その刹那。
ララはゾンビの髪の間に光る魔石が白く輝いたのを認めた。
「ゾンビさん、おだぶつして!!」
ララは声を上げ、前方に構えた両手に、ありったけの魔力を込める。
そしてそのまま心の中で「波ァー!!」と叫んで、キラーゾンビの頭頂部、白く輝く魔石部分に、回復魔法ヒールを打ち込んだ。
――ズドオォオオオオオオオオオオオオン!!
以外にも大きな衝撃音で、ララの放ったヒールの魔法が、キラーゾンビの頭頂部を直撃する。
――ドオッ!!
「セスナ!!」
ヒールの魔法を受けたゾンビは地面に仰向けに吹き飛ばされ、ララは地面に手をついて身体を起こしているセスナに駆け寄り、「大丈夫」と顔を覗き込む。
「いてて……倒れた時にちょっと頭を打ったけど、たぶん大丈夫」
立ち上がったセスナが頭をさすりながら苦笑いし、二人は倒れたキラーゾンビを振り返る。
――シュウゥゥゥゥゥゥゥ……。
頭頂部の魔石にヒールの魔法が直撃したゾンビの体は白く輝き、ホタルが飛び立つように、淡く白い光の粒が宙に舞い上がっていく。
セスナとララは消えゆくゾンビに駆け寄って、その顔を覗き込む。
白く輝くキラーゾンビは目玉のない顔でララを見上げると、ララに向かって片手を伸ばした。
「マ……マ……」
そしてキラーゾンビの魂は解放され、そこには青い魔石だけが残された。
♢♢♢
戦闘を終えたセスナとララはそれぞれ髪を整えたり服の土を落としたりして、身なりを整える。
「やったね、ララ。キラーゾンビを殺さずに、その魂を解放することができたみたい」
「ええ」
セスナの言葉にララも頷いて応じ、セスナはまだ「いてて」と言って、地面にしこたま打った後頭部をさすった。
♢♢♢
二人が次に向かうのは、音楽の国ムジカ王国、王都エデンに通じるもうひとつの関所だ。
ララは「それにしてもママだなんて。初めて呼ばれたわ」と言って、なんともいえない表情で両手を肩のところに持ち上げる。
――ララがお母さんになったら、きっと子どもをビシバシ育てるんだろうなあ。
セスナは心の中で独りごちて、「さあ、行こう」と、後ろに続くララを振り返って笑った。




