♢31♢ エルフの姫(2)
スズアが発したその言葉に、セスナとララは驚いたように顔を見合わせる。
「ザギウスって……」
「生誕祭の夜、聖女ルマリアの話に出てきた、この世界の最初の魔王の名だ」
セスナとララは目を合わせて頷き、スズアを振り返る。
スズアは子猫のリリアを撫でながら、す……と、暗黒の棺、いにしえの揺りかごに近づく。
そして片手をその禍々しい黒い棺に乗せ、人差し指の爪でトントントン、と叩くようにリズムを刻んだ。
「ダークマターの民が、なぜザギウスの武器を取り出したのかはわかりません。しかし私たちエルフの民と古代都市の民は長い間、ともに盟約を守ってきました。それなのに……」
漆黒の棺を見つめながら語るスズアは、おそらく、とつけ加える。
「この大陸に、なにかよくない変化が起きています。あなたたちが本当にいにしえの言い伝えの勇者ならば、エルフの民の名にかけて、私もあなたたちとともに戦いましょう」
そしてスズアは更につけ加える。
「ですが私は、このエルフの森を護りたい。もしあなたたちが東の剣士と西の魔女ならば、お願いです。バタフライ王国のマルス王に、エルフの森を守るための守備隊を要請してください」
スズアは深く頭を下げる。
セスナとララは顔を見合わせて、ララが口を開く。
「今からバタフライに南下して、マルス王に申請しましょう、セスナ」
セスナは少し考える様子で顎に手を当てる。
「……ルキアがいれば……」
セスナは首から下げたエレンの形見である竜笛を持ち上げ、そこに彫られているエレンのイニシャルを見つめる。
「その笛はなに?」
ララはセスナが手にしている銀の竜笛を見て尋ねる。
セスナは「これはぼくの友達、ワイバーンのルキアを呼ぶ時に吹くものだよ。こんな風にね」と言って、その笛を持って口元へ運んだ。
――ピィィィィィィィィィィィィン……。
その音は高く遠く響き渡って、エルフの森を駆け抜けていく。
するとララが「私の鳥笛と同じだわ」と言って顔を上げ、正午近くの柔らかな日差しの差し込む木々の隙間から、青い空を見つめる。
そしてスズアが抱くリリアを振り返り、「私、リリアを助けてあげられるかもしれない」と、スズアを見て言った。
♢♢♢
「ミャア」
スズアとセスナとララの三人は、しゃがみ込んでリリアを囲み、リリアは不安げに鳴いてスズアを見上げる。
「どうするつもりですか、ララ?」
スズアの問いかけに、ララは小さく頷く。
そして生誕祭の夜にルマリアが語った言葉を思い出す。
――心の底から、相手の魂の救済を祈るのです。そしてあなたがいつも攻撃魔法を使う要領で魔法を打つ。そうすれば、あたたの祈りのエネルギー派は、聖なる回復魔法へと変わることでしょう。魔物のみならず、戦いに傷ついた仲間も、同じように癒すことができます――
ララは目を閉じて両手を前方にかざし、自分の願いをその手の平に集中させる。
するとララの手の平は次第に白く輝き始め、なにかあたたかなものが集まって広がるようにリリアを包んでいく。
その柔らかな光はリリアの後ろ足の傷に吸い込まれるように吸収されていった。
「ミャア!」
傷の癒えたリリアは元気に鳴いて、スズアの膝に飛び乗った。
「やったあ! すごいよララ!」セスナは回復魔法を会得したララの手を取り、その場でピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ。
ララも頷いて嬉しそうな笑顔を見せ、スズアは「本当にありがとう、ララ」と言って、リリアを抱いたまま頭を下げた。
その時。
――バサリ、バサリ。
漆黒の棺の手前。手に手を取って喜ぶ三人の頭上に、一頭のワイバーンがホバリングしている。
「ルキア!」
頭上を見上げたセスナが叫ぶと、南の空から飛んできたルキアは、そのまま翼を上下させ、エルフの森に降り立った。
――シュウゥゥゥゥゥゥ。
ルキアは森の落ち葉を巻き上げながら、地面に着地して静かに翼をたたむ。
「ルキア!」
セスナは再び叫んで、その空色のワイバーンの首に抱きついて顔を埋めた。
「グルルルル」
ルキアは目を閉じて、セスナの金の髪に鼻を近づける。
ララとスズアは驚いて、その小型のワイバーンを見上げた。
♢♢♢
「この笛をバタフライのマルス王に渡して、ぼくたちのことを説明してくれれば大丈夫だと思うよ」
セスナはそう言って、エレンの形見である竜笛を首から外してスズアに託す。
スズアは「本当にありがとう」と言ってその笛を受け取り、小さく頭を下げる。
――ピチュピチュピチュピチュ。
――クォー、クォックォックォッ。
――キューイ、キューイ、キューイ。
日の暮れかかる迷いの森に、不思議な鳥の声が響いている。
「エルフの森にかけた幻術を解きます。これであなたたちは、ここから北のムジカ王国へ通じる関所への道へと進むことができるはずです」
スズアは微笑み、右手を目の高さに上げ、何かを呟く。
そして手を降ろし、再びセスナとララに頭を下げた。
「ここから北に進んで森を抜けたところにオアシスがあります。どうぞお気をつけて」
♢♢♢
スズアはルキアの背に乗り、セスナは頭を下げたルキアの頬を撫でる。
「スズア姫を、無事にマッシュルーム城に送り届けておくれ」
ルキアは「クルル……」と鳴いて、セスナの手に頬を寄せる。
――バサリ。バサリ。
そしてスズアを乗せたルキアが翼を上下に動かすと、ルキアの足がふわりと地面から離れる。
そのままエルフの森を上昇したルキアは空からセスナとララを見下ろし、少し見つめたあと、南のほうへ飛び立った。
「……」
セスナは上空を見上げたまま、パチパチと瞬いて、暮れかかる赤い空を木々の隙間から見つめている。
ララはそのセスナを見つめ、やがて二人は、もと来た道を歩き出す。
そしてムジカ王国の関所を目指す二人は、夕暮れのエルフの森を北へと進んでいった。




