♢28♢ いにしえの揺りかご
セスナ旅立ちの日から、三日目の日暮れ時。セスナとララが、ムジカ王国からエルフの森へと進路を変更する、その少し前のこと。
商人のザッパはセスナの父、マシューの寝室で、ベッドの背もたれに半身を預けて座るマシューとともに、トランプに興じていた。
「むう、強いなザッパ。頼む、もう一勝負!」
「よしきた。では次はわしがカードを切ろう」
半身を乗り出して次の勝負を望むマシューに、ザッパが笑いながら応じる。
マシューはセスナの父であり、【ワイバーン屋 マシューの店】という名のこのワイバーン屋を、今は亡き妻のエレンとともに営んできた。
およそ半年前に魔物との戦いで腰痛を患って以来、店の二階での養生生活を余儀なくされている。
商人のザッパは、ほんの二週間ほど前、セスナとともにバタフライ王国の西部、ザリア地帯の西の森へ飛んだことを思い出し、トランプを片手にそれをマシューに語っていた。
「どうだマシュー。お前さんもそろそろ、セスナが恋しくなってきた頃じゃないか?」
ザッパはマシューのベッドの横に椅子を出して、その小さな椅子に窮屈そうに座っていた。
束になったトランプを切りながら、肉づきのいい笑顔のザッパが尋ねる。
マシューはベッドの木枠に背中を預け、ザッパが自身の掛け布団の上に、トランプのカードを配っていく様子を目で追って応じた。
「ああ。セスナから初めて旅立ちのことを聞いたときには驚いたが、こうしてお前さんやマルス王にも協力してもらうことができた。きっと今頃はあいつも、大人の階段を全力で駆け上っていることだろう」
ザッパはマシューの言葉を聞きながら、掛け布団の上に、トランプをほいほいと配っていく。
「セスナと西の森へ飛んだ時は、わしは仲間に裏切られた思い出を引きずり、心が疲れておった。あの日セスナと出会わなければ、わしは今も人を信じることができずにおっただろう」
マシューは配られたカードを集めて持ち上げ、手札の数字を確認する。
「西の森か。そういえば……」
マシューは手札の中から「7」の数字のカードを選び、布団の上に並べていきながら、ふと思い出したことを口にした。
「西の森のどこかには、大陸北部の古代都市ダークマターにある「いにしえの揺りかご」と呼ばれる漆黒の棺と、同じものがあるというが……」
続けて「7」のカードを選んで布団に並べていくマシューは続ける。
「そこにはよく、魔力を持った黒い犬が現れるという噂があったな。お前さんは西の森で、そのいにしえの揺りかごを見たことがあるか?」
「いや……」
マシューと同じく「7」のカードを選びながらその話を聞いていたザッパは、「ん?」と、なにかに思い当り、「そうそう、それだ!」と声を上げた。
「わしもあの日、老女の小屋で思い出しかけたんだ。黒い犬の、その噂を。たしかいにしえの揺りかごとは、この大陸の創世記に伝わる最初の魔王ザギウスが、今もその中で眠ると言われておる、暗黒の棺らしいな」
二人はトランプを手に顔を見合わせ、ううむ、と唸る。
「黒い魔犬に魔王ザギウスの暗黒の棺か……。こんどのセスナの冒険と、なにか深い関係があるやもしれん」
マシューが難しい面持ちで言うと、ザッパも頷く。
そして二人は布団の上に全ての「7」のカードを並べ、ゲームの続きを始めた。
♢♢♢
マシューとトランプゲームを終えたザッパは、セスナに頼まれていた通り、店裏にひと続きになっているワイバーンのルキアの小屋に入った。
小屋の中にある桶の水を替え、ルキアに与える。そして少なくなった牧草の補充をしてから、ルキアに声をかけて、その背中を撫でてやる。
「グルル……」
ルキアは頭を下げて座り、セスナの代わりに自分の世話をしてくれるザッパに、大人しく空色の背中を撫でられている。
ザッパはそうしてルキアの世話が終わると、腰を上げ、鍵をかけるのを忘れてその小屋を出た。
「……」
ルキアは小屋の小窓から見えるザッパの背中が小さくなるのを見つめたあと、バサリ、と翼を広げ、その場で何度か上下に動かした。
そして鍵のかかっていない戸のところまで歩いていくと、頭で戸を押して開けて、店裏から続く小屋の外に出た。
――バサリ、バサリ。
翼を広げてゆったりと上下に動かすと、ルキアの足が地面から離れる。
ルキアはそのまま上昇していき、セスナの家が眼下に小さくなった頃、なにかに導かれるように、夕焼けの空を北へ向かって飛んだ。




