♢27♢ 幻の民
水の国アクア帝国の帝都、水上都市シャルルを出て関所を通過したセスナとララは、ここより北北東のムジカ王国へと入国するため、王都エデンへと通じる関所を目指して歩いていた。
帝都シャルルから辿ってきた清流はしだいに細くなり、二人の視界の遥か先、カラフルな屋根の立ち並ぶムジカ王国へと吸い込まれるように続いている。
時間は15時を過ぎた頃だろうか、歩き疲れた二人は見渡す限り続く平野の中の適当な大木を見つけ、その根元に腰を下ろした。
冬の近づいた午後の、少しだけ寂しさを帯びたような日差しが、セスナのプラチナメイルに反射して淡く輝く。
ララはセスナに希望して、セスナが腰の革袋に押し込んだ『ドラゴニアーク』と書かれた本を受け取とる。ララは読みかけのページに栞代わりに挟んでいた若葉を持ち上げると、それを黒いローブのポケットに仕舞った。
♢♢♢
「それ。きみのお父さんとお母さんの物語なんだろう?」
夢中で本を読み進めているララに、セスナが覗き込むように尋ねる。ララは頷きながらも「そうみたい」と、他人事のように言ってページを捲る。
「【紅のイケオジ】著、『ドラゴニアーク』。その最終章の最終話の始まりは、こうよ。『――こうして旅の仲間である大剣士クロスと弓士ルルー、魔女バラの三人は、北の古城で、魔王ハルデスを打ち滅ぼしたのだった。そしてその頃、16歳の魔女バラには、新しい命が宿っていた――』……」
最終話から冒頭のみを抜粋して読み上げたララは、ふいに目尻にこみ上げてきたものを指先で拭う。
それを見たセスナは慌てて「すごいよララ! きみはここに書いてある通り、魔王ハルデスを倒した旅の仲間たちの、その娘なんだから」と励ます。
「うん……」
本を閉じて揃えた足の脇に置き、両手で顔を覆っているララを、セスナはそっとしておいてあげようと、立ち上がって遥か前方に目を凝らした。
「あ! あそこに関所の兵士が見えるよ! ムジカ王国の関所は、もうすぐそこみたい」
目の上に手をかざして日差しの陰をつくるセスナが言うと、ララは手の甲で涙を拭って立ち上がった。
♢♢♢
大木の根元から腰を上げた二人は、傾きかけた日差しを背中に受けながら、さらさらとした清流に沿って進む。
そしてもうおなじみ、槍を片手にした甲冑フェイスの兵士に近づいた。
セスナが「すいません。ぼくたちムジカ王国へ入国したいんですけど」と声をかけると、甲冑の兵士は「では通行許可証を見せろ」と、側にいたもう一人の兵士とともに、石造りのアーチの手前で槍を交差させて、セスナとララの進入を阻む。
セスナが腰の革袋から勇者手形を取り出して見せると、それを受け取った兵士は、もう一人の兵士に近づいて手形を見せ、なにらや話し合っている。
「?」
一体どうしたのだろう、と、セスナとララが戸惑いがちに顔を見合わせる。
するとアーチの先、北北東のムジカ王国の方角から、かすかに掛け声らしきものが聞こえてくる。
――……イヤ、……イヤ。
――……ッショイ、……ッショイ。
その勇ましい掛け声はこちらに近づいてくるにつれて次第に大きくなっていき、セスナとララがぽかんと立ち尽くすなか、飾り屋根のある木箱のような入れ物を担いだ男たちが、寒空の下、腕まくりをして現れた。
――ソイヤッ! ソイヤッ!
――ワッショイ! ワッショイ!
飾り屋根のあるその木箱は格子に組まれた棒に乗せられて運ばれており、男たちに交じって、ちらほらと女子供の姿もある。
彼らは丈の長い布を胸のところで合わせて帯を締めるという、異国の出で立ちで、二人の兵士は彼らに道を譲ると、セスナとララを手招きした。
「残念だが、今日から三日間、この関所は通行禁止だ」
「ええっ」
このノリと、このパターン。
嫌な予感のセスナは「なぜ」と兵士に詰め寄る。
「彼らは「おみこし」を担いで大陸を渡る、神出鬼没の、幻の民だ。この大陸では古くから、彼らに出会うことは非常に縁起がいいこととされており、どの国においても彼らの「おみこし」の通行を妨げることは禁じられている」
うやうやしく兵士が説明すると、この展開に懐かしささえ感じるセスナは「やっぱり、こういうノリなのね」と、ガックリ肩を落とし、ララは不思議そうに首をかしげ、パチパチとまつ毛を瞬かせた。
♢♢♢
二人は見張りの兵士と幻の民から離れた所に適当な岩石を見つけ、そこに腰かけて再びワールドマップを広げる。
「アクア帝国から北北東の、ムジカ王国の関所が通れないとなると……」
セスナはワールドマップ上の現在地、アクア帝国とムジカ王国の中間に人差し指を置き、それをやや東南のエルフの森の星印へと、指を滑らせる。
「ここからいちど、東南のエルフの森へ進み、そこからムジカ王国へと北上しよう」
セスナが立ち上がり、頷いたララも腰を上げる。
二人は肌寒さを纏う西日を受けながら、遠ざかっていく「おみこし」の掛け声に耳を傾けて、再びトコトコと歩き出した。




