♢25♢ 不器用なダンス
セスナとララが水上都市シャルルの宿屋に帰り、それぞれの部屋で眠りに落ちた、その頃。
ここヒャドム地帯では北風が毒沼の瘴気を吹き上げ、中央にそびえる古城を旋回するように砂塵を伴って吹きつけている。
魔犬ガングルーはチャッ、チャッ、と爪を鳴らして、城の地下に続く階段を降りていた。
階段を降りると暗く長い廊下を進み、剣や弓、槍や斧、そして兜や甲冑などが収納されるその暗い部屋へと入っていく。
窓のないその部屋の最奥。部屋全体に敷き詰められた黒い絨毯の上に、淡く明滅する赤い魔方陣が張られている。そこにはクロスが討ちバラが封印したあの前魔王ハルデスが、背中を天井から見えない糸で吊られているかのように、腰を折り、両腕をだらりと垂らした状態で、宙に浮いたかたちで封印されていた。
ヘルデスと同じ暗く青い髪と漆黒のマントが、赤く明滅する魔方陣のほうから風を受けているかのように、ゆらゆらとはためいている。
ガングルーは長い時を封じられていたその男の顔を眺め、クチャ、と口を開いて低く唸る。
「もうすぐだ……もうすぐ俺は世界最強の存在として、全てを支配してやる」
♢♢♢
その頃。城の上階のヘルデスの寝室で、ヘルデスは再び昔の悪夢を見ていた。
「うっ……」
うなされていたのか、目を覚まして半身を起こすと、己にしてはめずらしく、肩で息をしている。
苛立ったヘルデスは寝台から身を起こすと、灰色の魔族服の胸元、金の装飾が施され、炎の刻印がされた青いボタンを留めて、漆黒のマントを身に着けた。
そして荒々しく部屋を出ると、そのまま最上階の一室、鍵の掛かったその部屋に向かう。
ガチャガチャ……バン!
いきなり部屋の扉が開け放たれ、椅子に座っていたバラは驚いて立ち上がる。
部屋に入ったヘルデスは一瞬、深紅のドレスを纏ったバラの姿に目を奪われるが、すぐにツカツカとバラに歩み寄り、紅いドレスの胸ぐらを掴んで、バラを自身に引き寄せた。
「貴様。その姿は、一体どういうことだ」
「……」
胸ぐらを掴まれたバラは黙って、魔王の金の瞳を、深紅の瞳で見つめ返す。
「……ゾーラか」
ヘルデスは「あの女、私に殺されたいのか」と吐き、冷たい床にバラを思い切り突き飛ばした。
「……!!」
突き飛ばされたバラが声もなく床に倒れ込むと、豊かな布で仕立てられた紅いドレスが、薔薇の花を散らしたように床に広がる。
ヘルデスはバラの粗末なベッドに乱暴に腰を降ろすと、意地悪そうな目つきをつくって「今すぐその服を脱げ」と命じた。
「嫌よ」
バラは両手を床について気丈に言い、立ち上がる。
「ゾーラにひどいことをしないで。お願い」
バラがベッドに座るヘルデスに懇願すると、ヘルデスは「いいだろう」と、悠然と腕を組んで冷ややかにバラを見つめる。
「そのかわり。今夜ここで、この俺を楽しませてみろ」
♢♢♢
月明かりだけが照らす、薄暗い小さな部屋。
ヘルデスはベッドに腰掛け、痛いほどの視線を、美しいドレスを纏ったバラに向けていた。
バラは座っているヘルデスの正面に立ち、すう、と、小さく息を吸う。
そして薄闇の中、白い手を顔の前方に伸ばして、片足の爪先も後方へ伸ばす。
バラは子どもの頃に屋外観劇場で見たバレリーナの美しい踊りを頭の中に描き、なめらかな動きでそれを再現した。
しばらくそれを見ていたヘルデスはしかし、「つまらん。やめろ」と言い放った。
驚いたバラは踊るのをやめ、立ち上がった長身のヘルデスを見上げた。
そして意を決して、ヘルデスの青白い手に、自らの両手を重ねた。
「!!」
ヘルデスは驚いてその手を振り払おうとするが、バラは離さない。
そしてヘルデスの手を取ったまま、ゆったりと左右に体を揺らし、踊り始めた。
薄暗い部屋のなか。手を取って揺れる魔王と魔女を、月明かりが射し込んで幻想的に照らす。
バラはヘルデスの片手に手を重ねたまま、自身の片手をヘルデスの肩に添える。
「私の体の動きに身を委ねて」
二人の体が密着し、バラの豊かな胸がヘルデスの胸を押し包む。
「私の背中に手をまわして」
冷たい瞳のヘルデスはバラに言われるまま、バラの滑らかな肌に手を添える。
バラの紅いドレスと柔らかな黒髪が揺れ、ヘルデスの黒いマントが翻る。
ほの白い月明かりの中、二人は手を取って、ぎこちないステップを踏んだ。
そうして踊り終えた二人は、無言で手を離し、その場に向き合って立ち尽くす。
バラが口元に微笑みを浮かべてヘルデスを見上げると、ヘルデスは平手でバラの頬を打った。
「!」
叩かれたバラがデコルテの部分を押さえてヘルデスを見上げると、ヘルデスはなぜか苦しげな面持ちでバラを見下ろした。
そして「ゾーラのことは免じてやる。だが、今夜のことは忘れろ」と語気を荒げて言い放った。
そして音を立てて部屋のドアを閉め、姿を消した。




