♢22♢ 射手座の部屋
アクア帝国水上都市シャルルの大通り。石造りの宿屋の、二階の一室。セスナはフロントで【NO.9】と書かれた鍵を受け取った。それを回して、若木のプレートに射手座の模様が彫られた部屋の扉を開ける。
「わあ……」
扉を開けたセスナの目の前には、青い星座の壁紙にアンティークな家具や調度品が整えられた、大きな飾り窓の八帖ほどの部屋が開けた。
「わあい、ふかふかのベッドだ!」
昨夜はマジックテントにマットレスなしで直寝したため、セスナはベッドの白いシーツに駆け寄って思い切り身を投げ出す。
「よかった……くさくない、くさくない」
ふっくらとした羽毛の枕に顔を埋め、セスナはまじないのように繰り返す。
そうしてしばらくその状態で体を休めたのち、背中に背負った大剣を降ろし、青いマントと腰の革袋も外した。
「そうだ。お風呂に行こう」
セスナはキャッチコピーのように独りごち、部屋を出て、宿屋の壁に貼られた案内図を見る。現在地を確認してから湯気のマークを見つけてその場所を記憶すると、トコトコと歩き、大浴場を目指した。
「お風呂、ここだ」
宿屋一階、突き当たりの大浴場は、左右で男湯と女湯に分かれていた。
向かって左に、剣のマークの青い暖簾、右に、盾のマークの赤い暖簾が掛かっている。
これは大陸共通の表示様式であり、セスナは脱衣所で上下揃いの青いシャツとズボンを脱ぎ、革のショートブーツも脱いで揃えて、シューズボックスに入れた。
そしてそのまま裸足で進み、ガラガラ……と、大浴場の引き戸を引く。
――バシャバシャ。
――カポーン。
大浴場には水音と木桶の音が響いており、何人かの先客が気持ちよさそうに、湯気の立つ洗い場で体を洗っている。
しかし洗い場にいるのはなぜか老父ばかりで、浴槽の湯につかっているのも老父ばかりだ。
セスナは不思議に思いつつ、タオルで前を隠して洗い場に向かう。
旅の疲れをひと息に落とすように、せっせと身体を洗っていると、隣の椅子で同じく身体を洗っていた老父が、セスナに声をかけてきた。
「お兄さん、いくつ?」
セスナは少しビク、として、ええと……と口ごもりながら「16です」と答える。
「ほう。若いのう。肌がピチピチしておるわ」
セスナはどうリアクションしていいものか、あはは……と曖昧に笑ってごまかす。
「わしも七十年前は、それはそれは、色男でのう。あんたよりもこう、もっとマッチョで、男らしかったわい。わしのばあさんと初めて出会ったのも、この宿のロビーでな。あの頃は……」
セスナは体を洗いながら「この話は長くなりそうだ」と見切りをつけ、さりげなく話題を変える。
「ところでおじいさん。どうしてここには、若い人がいないんですか?」
「んん?」
老父は少し首をかしげてから、手を伸ばして石鹸を手に取り、それを泡立てている。
「今夜20時、ルマリア様の生誕祭があるじゃろう。教会塔にはすでに無料の屋台や見世物屋が並んでおる。若い衆はそれを目当てに、今頃は教会塔に列をなしておるんじゃないか?」
「へえ。おじいさんは行かないんですか?」
セスナが質問を重ねる。
「わしら年寄りに20時からの説教はちと、きつくてな。それに近頃の若いもんは、男同士とはいえ簡単には裸を見せたがらんでのう。こういう大浴場はわしらシニアの貸切風呂状態じゃ」
ふぉっふぉっ……と、老父が笑い、セスナはふうん、と頷いた。
「聖女様のお説教って、ぼくも聞ける?」
「もちろんじゃ。ルマリア様は心のお優しい、それはもう女神様のようなお方じゃ。求めるものには分け隔てなく、そのありがた~いお話を聞かせてくださるがゆえ」
老父の話を聞き終えると、セスナは広い浴槽で疲れた体を芯から温める。そして風呂から上がると、急いで宿屋のロビーに向かった。
♢♢♢
先ほどと同じ、ロビーの隅のソファには、先に風呂を出たララが座ってセスナを待っていた。
「セスナ!」
ララはセスナを認めると、手を振ってこちらへと呼ぶ。
「すごくいいお湯だったわ」
「うん。かけ流しじゃないのが残念だけど」
「かけ流しって、なに?」
森の小屋で育ったララの問いかけにセスナは、バタフライ王国にあるかけ流し温泉のことを説明した。
「ここのお風呂は温泉じゃなくて、ただ川の水を集めたものを洗浄して、それを温めただけのものなんだ。いつかぼくが、ララを本物の温泉に連れて行ってあげるよ」
セスナは言い、火照った頬にパタパタと手風を送る。
「ありがとう、セスナ。それで今夜の食事はどうする?」
「せっかくだから、教会塔で催される無料の屋台に行ってみない?」
セスナの提案に、ララも頷く。
「そうね。勇者手形があるとはいえ、王国のために節約するに越したことはないわ。今は19時の少し手前だから、ここから船で教会塔に向かっていけばちょうどいいと思う」
ララが机の上のチラシの地図を指差し、二人は立ち上がった。
こうして青いマントと大剣を背負ったセスナ、そして黒いローブのララは、宿屋を出て再び手漕ぎ船に乗り、東へ十五分ほど、ルマリア教会塔へと向かって船に揺られた。




