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第二話 北の古城

 コツコツと、薄暗い廊下に硬い靴音が響く。

 魔王ヘルデスは目的の部屋の前に来ると、鍵を開けて重い戸を押した。

 「どうだったか? 今日のスープの味は」

 その声に、痩せた女が椅子に座ったまま顔を上げる。ウェーブした黒髪と深紅の瞳が印象的な女性だ。

 窓からの隙間風に、布切れとも言えるような粗末なワンピースの襟元を片手で押さえると、ヘルデスの顔を睨みつけた。

 「何をしに来たの」

 「飼い猫の様子を見に、な。それにしても人間の味覚というものは分からん。貴様と一緒に料理人を連れて来ていれば、あるいは」

 「ここから出してちょうだい」

 「またその話か。いいかげんに諦めたらどうだ」

 「十五年間も諦めなかったんですもの。あと何年、何十年だって諦めない」

 「ククク、気が長いな。案外ここが気に入っているのではないか?」

 ヘルデスが女の顔に手を伸ばす。

 「触らないで!」

 冷たい手を払いのけ、魔法を使おうと立ち上がって両手を前方にかざす。だが何かに妨害されているのか、苦しげに呻くとすぐに椅子に座りこんだ。

 「無駄だ。貴様の魔力は全て私が吸収している。あれを使って、な」

 ヘルデスが指差した先には、女の影だけが、緑色の魔方陣の上空にぼんやりと浮かんでいた。

 持ち主から魔力を奪い、身体から影を分離させ、魔方陣を媒体にして術者に分け与える術。もとは回復魔法の応用だ。

 「娘を……ララを返して……」

 「安心しろバラ。娘なら私の忠実な僕が大切に育てているだろうさ」

 「なぜなの……なぜ、あの子を奪ったの」

 バラの問いに、束の間、瞬いてから答える。

 「あの忌々しい言い伝えだ」

 「え……?」

 「ただの、くだらん言い伝えだと思っていたんだがな」

 言ってから魔方陣に近寄り、片手をかざして影の魔力を図る。

 「もっと……もっとだ……私にはもっと多くの魔力が必要だ」

 片手を降ろし、バラに向き直る。暗く青い髪が目元に掛かると、軽くかぶりを振った。

 「明日からはスープ以外のものもくれてやろう。味の保証はないが、な」

 言い放つと戸を開けてヘルデスは姿を消した。鍵のかけられる音が響くと、遠いあの日、自分の腕の中に抱いていた幼子の温かさを思い出してバラは泣いた。


 

 ♢♢♢


 城の長い廊下を歩き、ヘルデスは別の部屋に向かった。

 そこは中央に小さな台が置かれているだけのがらんとした部屋で、台の上の黒い水晶玉が妖しい光を放っていた。

 「ガングルー」

 す、と水晶玉に手をかざしたヘルデスの低い声が部屋に響く。

 ややあって、犬のグルル……という更に低い声が水晶玉から放たれた。

 「娘の様子は」

 「変わりはないぜ」

 僕の言葉ににやりと口の端を上げ、かざした手をゆっくりと動かす。

 「十五年だ……そろそろ現れてもいい頃だろう」

 「東の剣士、か?」

 「ああ……そいつをおびき出すために、娘を……西の魔女を育ててきたのだからな」

 

 「東の剣士と西の魔女が出会うとき、世界に平和が訪れる」。

 クロスとバラが出会い、いにしえの言い伝えはまこととなった。それまでこの世界を支配していた前魔王は大剣士クロスによって討たれ、魔女バラの魔法によって永久に封印された。だがもとは前魔王に使役されていた魔犬のガングルーは封印を免れた後、バラの使い魔として彼女と主従の契約をし、クロスとバラの間に子どもが誕生するのを待った。

 そして十五年前、娘ララの一歳の誕生日にガングルーに命じてクロスを殺め、バラを毒牙で弱らせて、ララをザリア地方、西の森に連れ去ったのだ。

 

 前魔王ハルデスの息子、現魔王のヘルデスは、父親が封印されてから、この古城で身を隠して生きてきた。

 バラの施した封印術は、その術者が二度、同じ魔法を使うことはできない。しかもその血縁の者でないと、封印を解くことができないというものだった。

 ヘルデスは考えた。自分が父の代わりに力をつけ、いずれ世界を支配する。そうすればきっと、父の時と同じように自分を討ちに来る者が現れるだろう。クロスとバラに子どもが産まれれば、バラの血を受け継ぐその子どもに父の封印を解かせればいい。

 そのためには二人に産まれた子を魔法使いにする必要がある。クロスとバラの傍で二人を監視し、いずれその子を奪って、西の森で育てるのだ。ガングルーの存在を知らなかったバラはヘルデスが仕向けた魔犬ガングルーと契約を結び、王都マッシュルームで、束の間の幸せな時を生きた。


 「西の魔女、か。つくづく、クロスとバラに産まれたのが女の子でよかったよなあ」

 ハッ、ハッ……とガングルーの低い息遣いが水晶玉から伝わってくる。

 「そうでなければ女が産まれるまで、バラに子どもを産ませるだけだ。クロスの代わりなどどうにでもなる」

 「グググ。いい趣味とは言えねえな」

 「手段など選ばん。父の封印を解くためならばな」

 未だに目に焼きついている。幼い自分を城の隅に隠し、クロスの剣に討たれ、バラの魔法に封印された時の父の背中を。

 それ以来ヘルデスは、二人への復讐と新たに生まれた野望を胸に生きてきた。

 「クロスを殺し、バラの魔力を利用する。そして充分に魔力を蓄え、蘇った父と共にこの世界を支配するのが私の目的だ」

 ヘルデスが言うと、それにしても、とガングルーが続ける。

 「ララも不憫な娘だよな。自分を育てた魔獣が親の仇だとも知らないで」

 「あのとき親子ともども殺されなかっただけ幸運だろう。まあ、それも時間の問題だがな」

 そろそろララが薪拾いから帰ってくるころだ。ガングルーがウォン、とひと声鳴いてヘルデスに合図を送る。ヘルデスもかざしていた手を降ろす。

 「じきだ。じきに、東の剣士が現れる。それまでは娘を生かしておくのだぞ、ガングルー」

 「ああ。まかせておけ」

 

 雲の流れが速い。隠れていた半月が雲間から現れる。

 窓から差し込む月明かりに、ヘルデスの生気のない顔が青白く照らされた。

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