♢20♢ 青い魔石
バタフライ王国の関所を抜けたセスナとララは、アクア帝国へと入国し、その流れる清流を辿って帝都シャルルを目指して歩いていた。
清らかな川の流れが太くなるにつれて、ザリアの森の木々が疎らに遠くなっていく。
清流は午後の日差しを受けてサラサラと澄み渡り、あと半時間も歩けば、水上都市シャルルへと辿り着くだろう。
セスナとララは川沿いの白い砂利に腰を下ろし、ひと休みすることにした。
「川の流れがきれいだね。あっ、なにか光った。魚だ、魚が泳いでるよ」
セスナは砂利に座って足を投げ出し、キラッと光る川面を指差してララを振り返る。
「なんの魚かしら。食べられる?」
「うーん。ぼく魚釣りってしたことないんだ。ミラクルカンパンばかりも飽きちゃうよね」
「ええ。マンネリだわ」
「カンパンはあとどのくらい残ってる?」
「ちょっと待って……やだ、この袋。賞味期限が切れているじゃない。オアシスにある分も、持って来ればよかったわ」
およそ勇者の一行とは思えない庶民的な会話で、ふたりはあれこれとやり合う。
「お日様がぽかぽかで気持ちいいな……ぼく、寝ちゃいそう」
そう言ってセスナがごろりと砂利に横になると、ララがセスナのポーチを探って本を取り出す。
「それ。どんな物語なの?」
ララが手にした本を横目にセスナが尋ねると、ララはその本を大切そうに撫でてからページを捲る。
「『ドラゴニアーク』。ある剣士と弓士、そして魔女の三人が、北の古城の魔王を討ち滅ぼすまでの物語よ」
ララの説明に、セスナは「ん?」と目を瞬かせる。
「なんだか聞いたことがあるような……もしかしてそれって、大剣士クロスとその仲間の物語じゃない?」
セスナが頭の下に手を組んだまま言うと、ララは「そうなの?」と言って更にパラパラとページを捲る。
「巻頭ページには、「この物語を彼の地の剣士に奉げん」とあるわ」
そして奥付を見て「初版発行は……今から八年前ね」と付けくわえた。
「作者は……紅のイケオジ」
「……」
ネーミングセンスはともかく、ララはその厚い本に刻まれた文字を指で追い、活字を目で追い始める。
セスナはくあ……と欠伸をし、ふうん、と、興味のない様子で川面を見た。
「きみが本を読みたいのなら、ぼくは少し寝るよ。三十分くらいたったら起こしてくれる?」
そう言ってセスナが腕枕で横になる。
ララは「わかったわ」と言って、その汚れた本を読み進めた。
♢♢♢
――キイァアアアアアアアア!!
「!?」
突如、耳をつくその金切り声に、セスナとララの二人は驚いて立ち上がった。
その二人からおよそ二十メートルほど離れた場所。甲冑を纏った骸骨の騎士、スケルトンナイトの魔物が、剣を片手に現れた。
「気をつけて、魔物だ!」
セスナは言い、背中に背負った大剣の柄を握る。
ララは本を自分の足元に置き、それを守るように足を広げて両手を前方にかざした。
――キィィイイイイイイイイ!!
その骸骨剣士は二人を目がけ、ガシャガシャと甲冑を鳴らして走り出す。
そして朽ちた剣を大きく振りかぶり、前方にいたセスナ目がけてそれを振り下ろした。
――ガキイィィィィィン!!
セスナは鞘から抜いた大剣で骸骨剣士の攻撃を受け止め、思い切り弾き返した。
骸骨剣士はよろけて後ずさるが、両足を広げて踏ん張る。
「セスナ、どいて!」
ララの声に、セスナが身体を反転させてバックステップを踏む。
ララが前方にかざしたその両手が赤く光ると、火の粉を散らす火炎が、骸骨剣士めがけて豪快に繰り出される。
――ギャァァアアアアアア!!
ララの炎の魔法は骸骨剣士に次々と命中し、炎に包まれて燃え上がる剣士の左胸、青く光る魔石めがけて、セスナは大剣を突き立てた。
――キイァアアアアアアアア……!!
ララが放った赤い焔が、骸骨剣士を包んで燃やしていく。
それは次第に青い炎へと変わり、剣士はその場に崩れ落ちた。
「やった……!!」
二人が顔を見合わせて肩で息をしていると、川辺の砂利に倒れた剣士の手が動いた。
「ララ! あの人、なにか言ってるよ」
セスナが言って、二人は倒れる剣士に駆け寄る。
すると青い炎に抱かれながら、セスナに向けて右手を伸ばした骸骨剣士が苦しげに呻いた。
「私の家は……どこだ……? 妻と……子ども達が……待って……いるん、だ……」
そう言ってこと切れ、スケルトンナイトが白く光って消えていく。
そこには青い魔石だけが残され、セスナとララは何も言えずに立ち尽くした。
♢♢♢
燃え残った甲冑と、汚れた白骨。
その骨を拾いながら、セスナは呟いた。
「どうして魔物は、この世界に存在しているんだろう……」
「……え?」
セスナの手の動きを見つめていたララは、怪訝そうに首をかしげる。
「ぼくが以前、違法格闘場で戦ったゴーレムも、額に青い魔石があったんだ。この世界の魔物たちを、北の魔王が魔石を使って統べているのだとしたら……」
セスナは砂利の上に砕けた魔石を拾い上げ、それを川面に放り投げた。
魔石はポチャン、と音を立てて、清らかな流れに運ばれていく。
「僕らが北の魔王を倒せば、この世界を漂う魔物の魂も、解放されるのかもしれない」
「……」
ララは目を閉じ、ヘルデスの灰色の服の胸元、青い炎の刻印がされた金のボタンを思い出す。
そして「とにかく、まずは情報を集めましょう」と、砂利に置いた本『ドラゴニアーク』を拾って、その砂を丁寧に払いながらララは言った。




