♢19♢ 魔女と魔族の女
北の古城の最上階の一室。ゾーラはその部屋の小さな机の上で銀のボウルに水を張り、そこに布を浸して水気をよく絞った。
そして粗末なベッドで横たわるバラの美しい黒髪を手で分け、その額に冷たい布を乗せる。
すると意識を失っていたバラが小さく呻き、長いまつ毛を瞬かせながら目を覚ました。
「気がついた? 囚われの黒猫ちゃん」
ゾーラがバラの顔を覗き込む。
「!!」
バラは青髪のゾーラの金の瞳に自身の深紅の瞳を合わせ、視線を逸らさずに口を開く。
「あなたは、魔王ヘルデスの側近の……」
「そう。ゾーラっていうの。よろしくね?」
指でピースサインを作りながら言ったゾーラは、ごめん! と両手を合わせて片目をつむってみせる。
「えっ……?」
バラは驚き、まだ痛む腹を押さえながらおそるおそる、半身を起こして訝しげにゾーラを見つめる。
「痛かったでしょ。ガングルーがいたからさ。ああするしかなくって」
「……?」
ゾーラの意図が分からず、バラは困惑して両の手を握りしめた。
♢♢♢
「私は魔族だけど、べつに無益な争いをしたくはないんだよね~。まあでも魔族だから。魔王様に殺せと言われれば、親でも仲間でも殺す。あ、矛盾してる?」
ゾーラは直毛の青髪を耳にかけながら、さらりと言い放つ。
「お願い、私をここから出して」
バラは思いがけないゾーラの発言に驚きつつ、藁にもすがる思いでゾーラの腕にしがみついて訴える。
「ん~、それは無理かな。魔王様への裏切りになるからさ」
そう言いながらゾーラは殺風景な部屋の中をぐるりと見回し、うへ、と呻く。
「あんた十五年もこんなとこにいるんでしょ? うわ~気がおかしくなりそう」
バラは目の前の魔族の女をどう見定めていいのか分からず、あの、とゾーラの手に自身の両手を重ねて言う。
「ここから出してもらえないのなら、あなたがときどき会いにきてくれるだけでもいい」
ゾーラはう~んと顎に手を当てて考え込み、「それならなんとかなるかも」と呟く。
「でも不意打ちで私を魔法で攻撃とかはやめてよね?」
「そんなことできないわ。私にはもう、魔力がほとんどないの」
バラは影の戻った自分の体を見るが、その手にはとても力が入らない。
「そうだね。魔力のないあんたは、もう命の保証はないかも」そしてでも、とつけ加えてゾーラは続ける。
「もしあんたが魔王様と殺りあおうってんなら、私も手加減はしないよ?」
ゾーラがにやりと口角を上げて言うと、バラは悲しげに眉尻を下げて床を見つめた。
「無理よ。私に魔王は殺せない。私、この部屋で魔王の首を思い切り締めたの。殺そうと思ってね。でもきつく抱きしめられてしまって、できなかった」
バラの言葉にゾーラは、ん?と首をかしげてから「だ、抱きしめたあ!? あの魔王様があ!?」とのけぞる。
――ひゃあ~、これはどえらいことになった。
ゾーラはバラから聞かされたまさかの萌ゆるエピソードに目玉が飛び出るほどに驚いた。
――いや、まてまて。これはチャンスかも?
もし魔王様がこの女に夢中になって、今の超絶ドSキャラが突如デレキャラに変貌したとしたら……。
盛り上がってまいりましたあ、と、ゾーラは心の中でガッツポーズをとる。
「魔王様はいつもご機嫌、私のボーナスもうなぎ上り~!」
「え?」
「いやいや、なんでもないよ?」
そしてゾーラは目の前の、布切れのように粗末なワンピースを纏っただけの痩せた女の美しい顔をまじまじと見つめ、「う~ん。もったいなさすぎる」と唸った。




