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♢18♢ 魔犬の帰還(1)

 セスナとララが勇者手形でバタフライ王国の関所を通過した、その頃。大陸最北端のヒャドム地帯では、冷たい風に毒沼の瘴気が巻き上げられ、曇天の空にかすかな雷鳴が響いていた。

 

 「ゾーラ」 

 魔王ヘルデスはナイフでレアステーキを切り分けていた手を止め、豪奢なテーブルの下座、こっそりテーブルの下の小冊子を読んでいる配下のゾーラの名を呼んだ。


 ゾーラは『~絶品! 魔族様専用お取り寄せグルメカタログ~秋冬号』と書かれたその冊子――それはただのモンスター図鑑のようだ――から顔を上げ、「はい、なんでしょう?」と、カタログを膝の上に乗せて姿勢を正す。


 「塩を持ってこい」

 ヘルデスの言葉に、ゾーラは目を丸くしてへ、と変な声を上げる。

 「ヘルデス様。新鮮な雑魚モンスターのステーキに塩をかけるだなんて、一体どういう風の吹き回しですか?」

 ゾーラが不思議そうにただす。ヘルデスは手にしていたナイフとフォークを皿に放り、赤ワインの入ったグラスを持ち上げて口元に近づける。

 「あの女の料理にも、塩とやらの調味料が使われているのだろう? 飼い猫に与えている餌の味を知っておくのも、悪くはない」

 ゾーラはヘルデスの言葉にふうん、と不思議そうに首をかしげ、「少々お待ちを」と言って大広間から厨房へと向かった。


 そうしてヘルデスが魔族用の赤ワインを嗜んでいると、チャッチャッ……と、四足動物の爪音が近づいてくる。

 のそりと現れたその魔犬は赤い絨毯の上でペロペロと前足を舐めてから、ヘルデスを見て座った。

 「ガングルー。「手土産」はどうした?」

 魔犬を見据え、ワイングラスを弄びながら、ヘルデスがただす。

 「ああララの奴、俺の横腹をおもいきり蹴りやがって。今すぐにでもあいつを噛み殺してやりてえ」

 「逃がしたのか?」

 「なあに、森の中の小屋が焼けちまったんだ。放っておいてもこの城に泣きついてくるだろうよ」

 そう言いながらガングルーは「ああ疲れた」と呻いてその場に伏せる。


 すると銀のトレーを手に厨房から大広間に戻ったゾーラが「あっ、ガングルー」と声を上げた。

 「や~っと帰ってきたんだね、モフモフくん」

 「ああ、そういえばこんなうるせえのがいたっけなあ」

 ゾーラはうんざりした顔のガングルーに「なにを~」と口を尖らせ、ヘルデスにトレーを差し出して頭を下げる。

 「ヘルデス様。塩でございます」

 青白い手で塩の入った瓶を持ち上げ、ヘルデスはそれを左右に揺らす。

 興味津々のゾーラがごくり、と生唾を飲み込むと、ガングルーがおもむろに立ち上がった。


 「さあて。それじゃあ懐かしのご主人様と、感動の再会といこうか」

 くあ……と大きく欠伸をしてから、ガングルーは城の最上階へ続く階段へ、ゆったりと歩き出す。

 「ゾーラ。女の部屋の鍵を開けてやれ」

 「はっ」

 ヘルデスが命じ、ゾーラがその黒い魔犬の後を追った。

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