♢17♢ 勇者手形
セスナとララがオアシスのテントを出ると、ララが「あ、ちょっと待って」と言って足を止めた。
「これ、貸してくれてありがとう。私はもう大丈夫だからあなたに返すわ」
そう言いながらララはセスナの魔法の指輪を外し、セスナに差し出した。
ララの手の上で、指輪が太陽の光りを反射して白く光る。
セスナはそれを受け取ろうと手を伸ばすが、ふいに手をひっこめた。
「それはこの先もきみが持っているといいよ。また毒攻撃やマヒ攻撃を受けるかもしれないから」
「でも、あなたにも必要なものでしょう?」ララが首をかしげる。
「うん。でもぼくは身軽だから、大抵の攻撃は避けられると思う。素早さのスキルにはちょっと自信があるんだ」
セスナは笑いながらほら、と言って、大剣を背負ったまま片足で一回転してみせる。
「ん?」
両手を広げてバランスを取ったセスナは、ララが黒いローブの脇に携えている本に目を留め、それを覗き込んだ。
「それ、オアシスにあった本?」
セスナが尋ねるとララはその本を持ち上げ、表紙の汚れを手で払いながら微笑む。
「ええ。これすごく、面白い本なの」
「へえ……『ドラゴニアーク』……かあ。ええと、作者は……『紅のイケオジ』……?」
セスナは見聞きしたことのない本のタイトルと作者の名前に首をかしげる。
「あ、きみが気に入ったのなら。その本、カリパクしちゃおうか?」
セスナはアカデミーの悪ガキのように提案し、その本をララから受け取ると、革袋の口を広げてそこに無理やり押し込んだ。
「読み終えたら私、ここに返しにくるわ」
ララが優等生的に言い、二人はミラクルカンパンを食べながら歩き出した。
♢♢♢
オアシスからザリアの森の道を北東へ進むこと、およそ二時間。
薄暗い森を歩いていた二人の視界はいっきに開け、降り注ぐ午後の日差しの中、さらさらと音を立てて流れる清流が現れた。
セスナが川の水に手を突っ込んだりしながら更に歩みを進めると、ザリアの森とアクア帝国をつなぐ関所が見えてくる。そこには数人の兵士が槍を片手に立っているのが認められた。
セスナとララはどちらともなく兵士の一人に近づいていき、そのいかつい甲冑フェイスを見上げる。
「ん? なんだ、お前たちは?」
予想通りのいかつい声で、兵士は二人を見下ろしてただす。
「ええと……この森を抜けて、アクア帝国へ入国したいんですけど」
どことなく不安げなセスナが言うと、隣にいたララが「冒険者の剣士と魔女よ」と強気に頑張り、前へ踏み出す。
「剣士と魔女……?」
兵士はセスナとララを訝しげに見てからトン! と、槍を地面に突いて言う。
「では通行許可証を見せろ」
兵士に言われ、セスナは革のポーチの中を、ごそごそとかき回す。
――それはセスナがマッシュルーム城のマルス王に、旅立ちの挨拶をした日のこと。
王は話の最後にセスナを呼び止め、「勇者手形」なるものをセスナに渡して言った。
「それを関所と呼ばれるところで見せれば、大陸内のどこでもスマートにパスできるよ。武器や防具類の購入時、それに食事や宿屋での支払いの際もそれを見せるといい。全て私のツケとなるからね」
そして「この勇者手形のデザイン、なかなかイケてるだろう? この絶妙なライン、私の一発描きだよ」と、はしゃぎながら、へんてこなキノコが描かれたその小さな紙切れをセスナに手渡したのだった。
セスナはその勇者手形を、怪訝な顔の兵士に見せる。
「おお……この特徴的なマッシュルームイラストは、間違いなく我らがマルス王のもの!」
兵士はその前衛的なイラストを見て頷き、「よし。お前たちの通行を許可する」と言い放つ。そして槍を横によけて、二人に道を開けた。
――すごいや。本当にマルス王が、一緒に旅をしてくれているみたい。
「なにしてるのセスナ、行きましょう?」
ほっとした顔のララが先に歩きだし、勇者手形のイラストを見つめてにやけているセスナを呼ぶ。
いよいよバタフライ王国を出て、水の国アクア帝国へ。
セスナとララは石造りのアーチをくぐり、遥か先へと続く清流に沿って歩き出した。




