♢14♢ 再会
「いよいよ旅の始まりかあ。まずはどうしようかな?」
バタフライ王国の王都マッシュルームの大通り。
革のショートブーツで歩きながら、セスナは独りごちた。
セスナの金髪を揺らす冷たい向かい風は、いつのまにか、ひんやりとした追い風に変わった。
背中の大剣に風を受けながら、さっそく、書店の老父に書いてもらったワールドマップを広げる。
「とにもかくにも、北へ向かわなくちゃな。この王都から出るにはまず、西の森のザリア地帯を抜けて……」
セスナはダイヤ形の大陸の中央部、蝶々の形に描かれた輪郭内の右側、王都マッシュルームの星印から、指を滑らせて蝶々形の左側、ザリアの森の星印までをなぞる。
「そしてアクア帝国に入国して、水上都市シャルルへと進もう」
そのザリアの森の星印から、斜め右上のアクア帝国の要、帝都シャルルの星印をなぞった。
そして手書きのワールドマップを丸めて腰の革袋に入れ、再び歩き出す。
♢♢♢
バタフライ王国、王都マッシュルームを出てから、野を越え川を越え、およそ四時間半。
セスナは広大で緑豊かな西の森、ザリア地帯を歩いていた。
「ふう。けっこう歩いたな……」
旅の始めに感じた肌寒さも今ではとっくに過ぎ去り、セスナは汗ばんだ額を手の甲で拭う。
「お腹すいちゃった」
セスナはさっそく、革袋からミラクルカンパンを取り出す。
ミラクルカンパン。
それは小さく焼き固めたのち乾燥させた、非常食用のパンである。
ビタミン、ミネラル、タンパク質やカルシウムといった各種栄養素が最大限まで凝縮加工・添加されており、このミラクルカンパン十枚で、一食分のバランス栄養食となる優れものだ。
食感はサクサクほろほろ、バターが香る優しい甘みの中にも、ほんのりした塩味が効いている。
ミラクルカンパンを口に放り込みながら、セスナはザリアの森から帝都シャルルに続く関所を目指して進むことにした。
――こうやって外で食べるお菓子は、ことさらに美味しいなあ――。
近所に住む武器屋の長男アルデリオは以前、屋外観劇場で食べたサンドウィッチが非常に美味かった、と言っていた。
セスナはそれが羨ましく、後日こっそり真似をして、手作りの弁当をわざわざ劇場の外で食べるという自らのいじましい思い出に苦笑した。
すっかり遠足気分のセスナは、上機嫌でミラクルカンパンをつまみながなら歩く。そうして森を進んでいると、自分がいつのまにか、見覚えのある道を歩いていることに気がづいた。
「あれ? この道は、たしか……」
そしてセスナは、はたと思い出した。
――ここは商人ザッパとルキアで飛んで、その背から降りた時の、あの場所じゃないだろうか?
そして更に思い出す。
――たしかこの先には、老女メアリーとその孫の――あの印象的な紅い瞳と美しい黒髪の――女の子の小屋があるはずだ。
セスナは少し高鳴る気持ちでカンパンを革袋に押し込み、だんだんと薄暗くなっていく森の中の道をずんずん進んでいく。
「――あっ!?」
セスナの視界の先、小さく見えてきたその小屋はすっかり焼け落ち、中の家具や鍋釜などが黒焦げになって散乱していた。
「火事が、あったのかなあ」
セスナは恐る恐る近づいていく。
パキ、という小枝が折れる音がして、セスナは小屋の燃え後に足を踏み入れた。
そして消し炭の小屋の隅に目をやると、そこには黒いローブを着た少女が、膝を抱えて座っているのを認めた。
――あの女の子だ!!
セスナはその生死を確認せねばと、急いで駆け寄った。
♢♢♢
「きみ、大丈夫!?」
セスナは膝を抱えている黒髪の少女に、強い調子で声をかけた。
すると少女はビク、と顔を上げ、驚いた表情でその赤い瞳を揺らした。
「……」
少女は怪我をしているのか、足首には血の跡と深い傷があり、そこが青緑色に腫れている。
顔色は蒼白で、唇だけが紅い。苦しそうに、肩で息をしている。
「きみ、毒を受けているの」
セスナは推測し、ちょっとごめん、と、少女の足首を持ち上げて傷跡を見る。
「この色と水ぶくれ、やっぱりそうだ。魔物にでもやられたのかい」
尋ねるセスナに、少女は力なく頷く。
「ぼく、こういう毒の症状に効く魔法の指輪を持ってるんだ。ちょっと手を出して?」
「えっ……」
戸惑う少女の紅い瞳が、セスナのまっすぐな緑の瞳を射抜くように見つめる。
顔に汗を浮かべる少女は戸惑いながらも、テキパキと指示するセスナに素直に右手を差し出した。
セスナは自身の人差し指から指輪を外すと、少女の指にそれをはめて微笑む。
「もう大丈夫。この指輪をはめていれば、じきによくなるよ」
セスナが優しく励ますと、少女は頷く。そして小さくありがとう、と呟いた。
セスナは少女の隣に腰を落とすと腰の革袋からワールドマップを取り出し、それを広げ、小屋の先の小道を指差す。
「ここから少し行ったところに、オアシスという休息所があるみたい。そこは簡易的に体を休めたりできるところらしいから。一緒に行こう、歩ける?」
黒髪の少女は頬に汗を流して頷き、差し出されたセスナの手にすがって弱々しく立ち上がった。
セスナは少女の肩を支えながら、老父が地図に印した青い点、休息所オアシスへと向かう。
「がんばれ」
セスナは少女に声をかけて励ましながら、二人はそろそろと、歩幅を合わせて歩き出した。




