♢13♢ 旅立ち
セスナ旅立ちの日の、その朝。
セスナは店の二階、腰痛で寝ている父の部屋で、ベッドから半身を起こしたマシューと出発のハグを交わした。
「じゃあ父さん。行ってきます」
「生きて帰るんだぞ、セスナ。おまえは父さんの誇り、宝、希望……その他もろもろだ」
はなむけの言葉を贈るマシューにバシッ! と痛快な音で背中を叩かれ、細身のセスナは少しよろける。
いまいち格好がつかない気がするものの、生まれたてほやほやの勇者だもの。まあこんなものだろう――。セスナは納得し、笑顔で手を振ってからマシューの部屋を出た。
そして店裏に続く、ワイバーンのルキアの小屋に向かう。
小窓から白い朝日が差し込む小屋の中。十歳になる雄のルキアは、空色の翼をたたんで、むしゃむしゃと草を食んでいた。
「ルキア……」
セスナがルキアに歩んでいくと、ルキアは顔を上げてクルル……と唸る。
「行ってくるよ、ルキア。ぼくが旅に出ている間は、商人のザッパがきみと父さんの面倒をみてくれる。一緒にザリアの森へ飛んだ、彼を覚えているだろう?」
セスナの手に頭を撫でられ、ルキアは心地よさそうに眼を細めている。
そしてセスナはルキアの首に手を回し、顔を埋め、目を閉じて言った。
「父さんをよろしくな」
ルキアはクウゥ……と鳴いてセスナの言葉を大人しく聞いている。
そしてセスナは小屋の戸を開け、一度ルキアを振り返り、戸を閉めて鍵をかけた。ルキアは小屋の小窓から、大剣を背負ったセスナの華奢な背中を見つめていた。
♢♢♢
歩きだしたセスナの青いマントが、冷たい向かい風にふわりと翻る。
大剣士クロスが身に着けていたというそのマントは、セスナの身長に合わせて短くリサイズされており、その下に着込んだプラチナメイルが、太陽の光を受けて淡く輝いている。
バタフライ王国の王都マッシュルームの大通りを、まさに勇者の出で立ちで歩きながら、セスナはそわそわと人目を気にした。
「やっぱり目立つかなあ……あ、ちょっと所持品を確認しようかな」
そう呟いて立ち止まり、セスナは腰から下げた革袋に手を突っ込んでアイテム類をまさぐる。
「マジックテントにミラクルカンパン、ホウション瓶……うん。大丈夫そうだ」
そして首からは母エレンの形見である竜笛を下げ、左手には父マシューに貰った魔法の指輪をはめている。
それらを手で触って確認していると、セスナは、はたと思い当たった。
「あ! ワールドマップがないじゃないか」
ワールドマップ。旅や冒険には欠かせない、この世界の案内図を、セスナは持っていなかったことに気づく。
肝心のアイテムの欠落にセスナも気づかなかったが、セスナ以外の誰も気づかなかったようだ。
「どうしようかな……近くの本屋に売ってるかなあ」
そのままトコトコと行き、セスナは広場の書店の扉を押す。
「いらっしゃい」
扉から直線上、見通しのいいカウンターから、店主の老父がセスナに声をかける。
セスナは棚に並ぶ様々な本を通り過ぎ、老父に近づいた。
「ワールドマップ、ひとつください」
セスナが人差し指を立てて言うと、老父はうんうんと頷き、しかしいやいや、と顔を左右に振る。
「残念じゃが、ワールドマップは売り切れでねえ」
「ええっ」
そんな。旅の始まり、冒頭のまさかの展開にセスナは少し焦る。
「北の空に魔王の結界が張られたじゃろう。あれを見た勇者志願のツワモノどもが、我先にと、国中のワールドマップを買い求めておるんじゃと」
「そんなギャグみたいな……ワールドマップがないんじゃ、ぼく。どこをどう行けばいいのか……」
うろたえるセスナに、老父は気の毒そうな顔を向ける。
「おまえさんも勇者志望者なのかい? そんな大剣を背負ってきて、残念じゃったのう」
思いもよらぬハプニングに見舞われたセスナに、しかしその老父は「おお、そうじゃ」と手を打ち、ある提案をした。
♢♢♢
セスナと書店の老父はカウンターに白紙を広げ、老父は目を閉じてなにかを思案している。
そしてしばらくすると「では、ゆくぞ」と、記憶を辿りながら白紙にペンを走らせた。
「まず、この世界の大陸の形じゃ。なぜかきれ~いなダイヤ形をしておるわな。それがこう、ひろーい海の真ん中に、ぽくっと浮いておる。それが、この大陸の全てじゃ」
セスナはうんうんと頷き、老父が走らせているペン先を真剣に見つめる。
白紙の中央に、大きなダイヤ形が描かれる。
「そしてその大陸の更に真ん中に、蝶々の形をした、我らがバタフライ王国があるのう。東の右翅には王都マッシュルームが、左翅には西の森ザリア地帯が広がっておる」
老父は続ける。
「おまえさんが向かうのは北の魔王城じゃろうから、必要なのはこのバタフライ王国から北方の情報だわな。それで、ええかの?」
セスナは「はい」と頷く。
「バタフライ王国の真上には水上都市のあるアクア帝国が、その東西を、エルフの森が左右に挟むかたちで広がっておる。それらの北方には二つの国が、東には音楽の王国ムジカ、西には砂の王国サンドウィッチと並んでおる」
老父はするするとペンを走らせ、セスナは頷きながらその線を追う。
「そしてその更に北方に古代都市ダークマターが広がり、そこを抜けると大陸の最北端、ヒャドム地帯じゃ。そこに、おまえさんが目指す魔王城があるわな」
ほいできた、と、老父はセスナに完成したワールドマップを広げて見せる。
「すごいよおじいさん! ありがとう!」
セスナは瞳を輝かせて、その手書きの地図を受け取る。
「ほっほっほっ……旅は道連れ、世は情けじゃ。気をつけて行くんじゃぞ」
こうしてセスナはワールドマップを手に入れ、それを丸めて革袋に大切に仕舞った。
♢♢♢
「わあ……」
書店を出たセスナの顔に、高くなってきた日の光が射す。
セスナは眩しそうに手で陰をつくり、そして大きく息を吸い込んだ。
さあ、出発しよう。




