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♢12♢ 赤い手紙

 大陸最北端のヒャドム地方、そこにそびえる魔王城の上空に不気味な色の結界が張られる、その数時間前のこと。


 魔王ヘルデスの側近のひとり、魔族の男レムノウは、王都で東の剣士を見つけた旨をヘルデスに報告するため、魔王城への帰還を急いでいた。

 レムノウの灰色の魔族服の内ポケットにはいくつかの手紙が収められているため、ポケットは窮屈そうに膨れている。その中の一通を取り出して、レムノウは歩みを止めた。

 そして手にした手紙の文面に何度か目を通し、「よし」と、小さく呟く。

 それからその手紙をもう一度、内ポケットに押し込むと、視界に近づいてきた魔王城の城門前に、仲間である魔族の女ゾーラが立っているのを認めた。


 ――しまった、しくじったか――。

 片手を腰に当てて立つゾーラを認め、レムノウは暗い予感を抱きながら城門に近づいた。


 「これはこれは。わざわざ出迎えとは、嬉しいねえ」

 長身痩躯のレムノウは大股で歩きながら、両手を広げてゾーラに声をかける。

 「レムノウってば、ついに東の剣士を見つけたんでしょ? ご苦労さま~」

 ゾーラは昨晩届いたレムノウの手紙を片手で持ち上げて見せ、その茶封筒をひらひらと左右に振って微笑む。

 「実はもう一通、おまえに手紙を送るつもりだっだんだが。まあ急ぐ内容でもないんで帰ったら城内で直接渡せばいいと思ってな」

 「ふうん? レムノウってけっこう筆マメだよね~」

 「ああ。手紙は嫌いじゃない」

 「へえ。手紙はもらうのが好きなの? それとも書くのが好きなの?」

 「……書くほうが好きかな」

 そんな遣り取りをしたのち、レムノウが悲しげに笑う。

 

 「さてゾーラ。この寒空の下、ここで俺と立ち話をしようってわけでもないんだろ?」

 ゾーラはその言葉に「ご明察~!」と無邪気に手を叩く。


 「……寒いな」

 レムノウが言い、ゾーラも「寒いね」と答える。


 ゾーラは背中まで届く直毛の青髪をさらりと払うと、腰を落として両手を前方に構え、戦闘体勢を取った。

 レムノウはふう、と、ため息をつき、「できればおまえとは、戦いたくなかったんだけどな」と小さく言った。

 そしていつも陽気なゾーラの、今では冷たくなってしまった金の瞳を見つめ、自身も腰を落とし、肩幅に足を広げて立った。


 「レムノウ。なにか魔王様に伝えたいことはある?」

 「やめてくれよ、これが俺の最期みたいなセリフは」

 「そうだね。私も、レムノウと一緒に働くのは楽しかったよ」

 「だったら、なんでだ。なんで、俺たちが戦わなくちゃならない」

 「これが私の、今夜の仕事だから」

 「……そうだな。おまえはいつもふざけているが、誰よりも仕事熱心だった」

 「あはは。まるで私をいつも見ていた~みたいな言い方だね」

 「……見てたさ」

 「あ~だめだめ、困るよそういうの。公私混同されるのは私、好きじゃないからさ」

 

 冷たい風が吹く中、じりじりと、二人は間合いを計りながら語る。

 

 「だが。もし俺が死んだら、俺の内ポケットに入っている手紙を魔王様に渡してくれ。そしてそのうちの一通は、おまえ宛だ」

 「うん? ラブレターなんて、いらないよ?」

 「馬鹿、そんなんじゃない」

 「ああ~もう。これじゃ、いつまでも戦えないじゃん!」


 笑っていたゾーラはしかし語気を強めると、詰めていた間合いを数歩、退いた。そして距離を取ったレムノウめがけて走り出し、攻撃魔法を繰り出した。

 

 ――ビュンッ!! ビュンッ!!


 その魔法は氷の刃となって、間髪入れずに次々とレムノウに連発される。

 レムノウは素早く両手を広げるとバリアーの魔法で防御壁をつくり、襲いくる氷の刃を弾いていく。


 「ひあ、ちょっと体重増えたかも? 体が重いぃ~」

 

 ゾーラは軽い調子で言いながら両手を前方にかざし、得意とする氷の魔法を更に繰り出していく。


 「ゾーラ、無駄だ。おまえの攻撃パターンは知り尽くしてる」


 レムノウは片手を伸ばし、自身の前面に展開した防御壁に魔力を注いでそれを維持している。


 「そう? じゃあまだ魔王様にも見せたことのない技、使っちゃおうかな」


 ゾーラは機嫌よく言うと、跳ぶように走りながら左手で氷の刃を繰り出し、右手を胸ポケットに突っ込んだ。

 そしてポケットからトランプのような青いカードを取り出すと、それをレムノウめがけて思い切り投げた。


 カードは氷の刃とともに風を切って進み、レムノウが展開した防御壁に突き刺さる。


 ――ピシィッ……!!


 対魔法攻撃用の防御壁。その中心部にゾーラの放った青いカードが刺さり、亀裂が走った。


 ――パリィ……ン!!



 目には見えない何かが砕ける音が響く。ゾーラが放ったカードによりレムノウが展開したバリアーの魔法の防御壁は崩れ、同時にいくつもの刃が氷の雨のように、無防備になったレムノウめがけて降りそそいだ。




 ♢♢♢


 ――地面に広がっていく鮮血と共にいくつもの氷の刃が散らばり、そこにレムノウは仰向けに倒れていた。

 ゾーラはそのレムノウに近づき、さらりとした青髪を耳に掛けながら、上から覗き込んで言う。


 「私だって、レムノウの攻撃パターンは知り尽くしてるよ。何年一緒に仕事してると思ってんのさ?」

 いつものように軽い調子で話しかけるゾーラに、レムノウは弱くなっていく呼吸を感じながら、少し微笑んで答えた。


 「魔王様にも……見せたことのない、技……。俺に……最初に……見せてくれたのか……」

 「うん。あのカードの実体は氷の魔法だけど、物理攻撃の属性も兼ね備えてるものなの。私の氷魔法に対して展開したレムノウの対魔法攻撃用のバリアーの防御壁じゃ防げなかったってこと」

 

 ゾーラの説明に、レムノウはクッ、と小さく笑った。

 「そう……か。でもまあ……惚れた女にられるってのも……悪くはない……かも、な……」

 そして最期に「手紙、読んでくれよ」と、小さな声で付け加えた。



 ゾーラは息をしていないレムノウの内ポケットを探り、赤く染まった何通かの手紙を取り出した。

 そしてその中の自分宛ての手紙を広げて読むと、「ば~か」と、レムノウの額を人差し指で小突いた。

 「なにが、そんなんじゃない、よ。やっぱりラブレターじゃ~ん」


 ――それに。

 ばかだなあレムノウ。ちっとも本気を出していなかったでしょ――。


 そして静かに、その瞼を下に降ろした。



 鮮血に染まる手紙をまとめてズボンのポケットに入れると、ゾーラは城門を開けてそれをくぐり、息絶えたレムノウを振り返った。


 「でも。けっこう楽しかったよ? レムノウ」



 レムノウは闇の中、ゾーラへ贈る赤いバラの上で眠るかのように見えた。



 こうして魔王ヘルデスの側近のひとり、魔族の男レムノウは死んだ。

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