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♢11♢ 結界

 魔王城への旅立ちを翌日に控えたその夜、セスナは腰痛で寝込んでいる父マシューと、店の二階にあるマシューの寝室で食事をしていた。


 「うん、今夜のシチューは格別にうまいなっ」

 マシューは上半身を起こし、ベッドの木枠に背を預け、皿とスプーンを手に唸った。セスナが届けてくれたレンズ豆のシチューをはふはふと頬張っては破顔する。

 「おかわり、たくさんあるから。さあコッペパンと海藻サラダも食べて」

 セスナも手ずから煮込んだシチューを納得の顔で頬張り、マシューのベッドの横の小さなテーブルの上、父子水入らずのささやかな晩餐を楽しむ。


 マシューは半年ほど前の仕事中、ワイバーンのルキアに乗っている時に魔物に遭遇した。臆病なルキアと共に応戦し、なんとか魔物を撃退したものの、その時に腰に無理な力を加えたことが原因で、以来、重い腰痛を患って寝込んでいる。


 そして十日ほど前に、突如セスナから旅に出ると聞かされたマシューは驚いた。それもなんと北の古城の魔王を討ちに行くというではないか。

 だがセスナからたった一日のその出来事――攫われたルキアを助けるためにゴーレムと格闘したこと、そしてザッパという商人から、大剣士クロスの剣を譲り受けたこと――を順を追って聞けば、セスナの成長に驚いたマシューも首を縦に振っていた。

 

 「思えばエレンが死んでからというもの、セスナには店の手伝いばかりさせてしまったなあ。おまえがそんなに剣が好きだったなんて、父さんはちっとも知らなんだ。父親失格だとエレンに叱られるな、こりゃ。ハハハ」

 「今日、母さんのお墓参りもしてきた。きっと母さんもぼくの旅を応援してくれるよ」

 コッペパンをちぎって食べながら、セスナが微笑む。エレンという名の母譲りのセスナの金髪が、セスナの緑の瞳にかかる。

 「セスナ、また髪が伸びたな。旅に出る前にさっぱりしたらどうだ?」

 マシューの提案に、セスナはちら、と自身の長い前髪を見上げる。

 「うん、でも。王様が気に入ってるんだ、この髪型。大剣士クロスと同じだからって」

 「な、なんとおまえ、王様ともお会いしたのか?」

 ブフォッ、と、むせ返ったマシューがスプーンを握って身を乗り出す。

 「うん。王様もこの旅の仲間なんだって、そう言ってくれた。ザッパも王様も、ぼくの旅を色々と助けてくれるって」

 「そうか……やはりマルス王は素晴らしいお方だ。まだ二十代前半というのが信じられんほどの人格者だというが、本当みたいだな」

 「うん。でもマルス王ってちょっと変わってるよ。ひとり遊びが上手で変なことに興味があって……」

 海藻サラダを口に運びながら、楽しげに思い出を語るセスナの様子に、マシューは真面目な眼差しを向けた。


 「セスナ。必ず、生きて帰るんだぞ。俺はこうしてなんの役にも立てんが、天国の母さん、そしてカチュアやアルデリオ、ザッパ商人もマルス王も、みんなお前の仲間だ。お前の無事を祈ってる」

 「うん。ありがとう父さん。やれるだけ、やってみるよ」

 

 そう言って父子二人が頷き合う、その時だった。窓の外の上空から、キイィィン……という奇妙な高音が響いてくる。

 なんだ? とマシューは首を傾げ、セスナは立ち上がって窓を開け、夜の空を見上げる。

 すると遥か北の夜空一帯が、暗い紫色のオーラのようなものに満ちているのをセスナは認めた。


 「なんだろう……あの変な色の空……紫色で、暗く光って見える」

 セスナが呟くと、マシューが驚いた。

 「そりゃあ魔王の結界じゃないか? 十七年前、前魔王ハルデスが張ったものと同じなんじゃないか」

 「結界?」

 セスナはきょとんとして尋ねる。

 「ああ、十七年前の大剣士クロスとその仲間の旅の頃だ。魔王ハルデスは、魔王城の上空から勇者たちが攻め入るのを防ぐため、城の上空一帯に、何者をも寄せつけない結界を張ったんだそうだ。……そうか、セスナはまだ産まれる前だったな」

 セスナはふうん、と、頷いてから、そしてハッと気づいた。

 「じゃあルキアに乗って魔王城までひとっ飛び……ていう、都合のいいのは無理かあ」

 「ううむ、そういうことになるな。まあどのみち、うちのルキアは臆病だからなあ……今度の危険な旅に連れて行くのは酷かもしれん」

 マシューも頷き、そして少し考えてから、だが、と付け加えた。

 「必要な時にはルキアを呼べるよう、竜笛は持っていったほうがいいだろう。母さんの形見のあれ、失くしてはないだろう?」

 「もちろんだよ」

 マシューの提案に頷き、首から下げた竜笛をセスナはシャツの下から取り出して見せた。

 それは竜の牙の形にかたどられた、美しい銀の笛だった。小さくセスナの母、エレンのイニシャルが彫られている。


 「よし。その竜笛はきっと母さんの魂となっておまえを護ってくれるだろう。そして父さんからは、これを……」

 そう言ってマシューが胸のポケットを探り、淡く光る指輪を取り出した。


 「母さんとの結婚指輪だ。これは魔法のアイテムでもあり、この指輪をつけている者を毒攻撃やマヒ攻撃、眠り攻撃、そして仲間を無差別に攻撃してしまう混乱状態からも護ってくれるものだ」

 「わあ……すごい。でも、いいの? 父さんにとって大切な指輪でしょ?」

 セスナが躊躇って言うと、マシューは日に焼けた目元を下げて微笑み、セスナの手にそれを握らせた。

 「父さんにとって一番大切な宝ものは、セスナ。おまえだ」


 セスナは少し照れくさそうにありがとう、と言って、自身の左の人差し指にその指輪をはめた。

 そして遥か北の上空、不気味に輝く紫の広がりをしばし見つめ、強くなってきた夜風の吹く窓を静かに閉めた。

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