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第十話 真実(1)

 ドサッという苛立たしげな音で、ヘルデスは古城の玉座に乱暴に座った。

 それを一人の女が見ている。


 「ヘルデス様。今までどこにいらっしゃったのですか?」

 その豪奢な椅子の横には、背中まで届く直毛の青髪の女が立ち、小首を傾げて尋ねた。

 「黙れ」

 にべもなく答えたヘルデスはまだ少し朦朧とする意識をなんとか自分のものへと取り戻し、小窓の外、うっすらと白んできた空を見上げた。

 「ゾーラ。次の新月はいつだ」

 ゾーラと呼ばれたその魔族の女は、少し考えてから「あと二週間ほど」と答えた。

 「よし。その夜には例の薬を一瓶、私に持って来い」

 「ヘルデス様。その不老不死のお薬とやら、私にも飲ませて頂けませんか?」

 「黙れ」

 「……すん」

 女は大げさに肩を落とし、両手の人差し指の先をチョンチョン、とくっつける素振りをする。

 「あまりふざけたことをぬかすと私の側近から掃除係へと配属を変えるぞ」

 「あ。もしかしてメイド服ですか? ふむ……それはそれで、似合うかも……」

 ゾーラはそう言いながら自身の灰色の上着とズボンを――胸には青い炎が刻印された金ボタンが見える――撫で下ろし、えへえへと謎の笑いを浮かべている。

 ヘルデスはそれ以上取り合わず、「極上の赤ワインを用意しろ」とゾーラに命じた。

 「でもヘルデス様。じきに朝日が昇る時間ですが……」

 「新世界の始まりは近い。今日は特別だ、お前も相伴にあずかれ」

 「いいんですか? きゃーん」

 ゾーラは両手を顎の下で握り、くるりと一回転する。

 「ええと、ワインはミディアムでよろしゅうござんすか?」

 「……」目を閉じたままの無言のヘルデスに、ゾーラは大げさに敬礼する。

 「はっ。フルボディですね! 承知いたしました」

 バタバタと騒がしく大広間を出ていくゾーラを、ヘルデスは薄目で見送った。

 ――果たしてあのゾーラは成人しているのか?

 「……クッ」

 己の問いに思わず笑いが漏れる。

 ――あいつは魔族だ。酒を飲むのに歳など関係ない。

 近頃、バラと関わり過ぎたせいか。なんだか己の調子が狂っている。

 ――それにしても俺はなぜ、バラのベッドで眠っていたのか――。

 数時間前。最上階の部屋で、バラに自身の過去を話した後の記憶がまるで無い。

 ただ、夢うつつ、この腕であの女を抱いた感触を覚えている。

 遠ざかる意識のなか不覚にも、母の面影をバラに重ねた。そして思い切り抱きしめたあの時。痩せたバラの身体からは想像もできないような柔らかさが、ヘルデスの胸を包んだ。

 人間の男と女はあのようにして、愛とやらを営むというが……。

 魔族の自分には不可解ななにかを想像しかけて、ヘルデスは唇を結んだ。

 ――くだらん――。

 ヘルデスは己の青白い両手を見つめ、それから力を込めて拳を握った。



 ♢♢♢


 「ヘルデス様。お待たせいたしましたあ!」

 威勢のいい声と共に、ゾーラが赤ワインをトレーに乗せて戻ってきた。

 ゾーラがワインを二つのグラスに注ぎ、ひとつをヘルデスに差し出す。

 ヘルデスがグラスに口をつけるのを見届けてから、「ではでは私も」と、ゾーラもグラスを傾ける。

 「そういえば、ヘルデス様。レムノウから手紙が来ましたよ。なんでも王都で東の剣士を見つけたとか……」

 ゾーラの言葉に、ヘルデスがピク、と手を止める。

 「……それは確かな情報か?」

 「はい、おそらく。その金髪のガキは、あの伝説の剣士クラウズの短剣を使い、違法格闘場の決闘でゴーレムを倒したそうで」


 ――いよいよか。

 ヘルデスはグラスの中のワインを一息に飲み干し、悠然と足を組んだ。

 「ゾーラ。今夜、北の上空一帯に結界を張る。準備をしておけ」

 「あっ、十七年前と同じですね! 上空からの敵の侵入を防ぐんですね?」

 空になったグラスをゾーラに渡し、ヘルデスが立ち上がると、ゾーラが続ける。

 「そういえば、手紙にはこんなことも書いてありましたよ。西の森で不老不死の薬を奪おうとしたら犬の邪魔が入った……とか」

 「……」

 ヘルデスは少し何か思案してから、くいくいとワインを飲んでいるゾーラを見やる。

 「ゾーラ。レムノウが今どこにいるか、分かるか?」

 「へ……おそらく今頃は、この城を目指して帰路の途中かと。手紙は昨晩届きましたから、じきに帰る頃じゃないですか?」

 「よし。すぐに結界の準備をし、終わり次第、城門でレムノウを待て。そして――殺せ」

 ヘルデスのその言葉に、ゾーラは驚いたように金の瞳を瞬かせるが、次の瞬間にはにこりと笑みを浮かべる。そしてすぐに頭を下げた。

 「はっ。おまかせを」

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