唐櫃 前編
双耳峰の大山は古くから信仰の対象であり、麓の住民は年に一度、大山へ奉納のための催しを開く。卯月の名残には力強く生命力を持った柔らかな若葉が映え、その黄緑の中に掛けられた山吹や藤など艶やかな色をした薄絹の衣が、しなやかな男女の身体にまとわりついた。
その山の麓の晴れ間に一人の男が歩いていた。その男は黒衣に手甲脚絆を履き金剛杖を持った、巡礼者のような出立ちだ。肌は服布によって、顔は菅笠によってほとんど隠されていた。黒髪は短くひとつに後ろでくくられている。男はまだ柔らかな若い草を分けながら進み、しばらくしてぽっかり開けた場所に出た。そこからは廃寺の境内である。足元には蓬が茂っていた。人はもちろん獣さえいた気配のない本堂は、しかしながら微かな香の匂いがした。近くにそれらしいきはないが、白い花弁が何枚か、板間へ上がり込んでいた。その男は本堂へ注意深く上がり込むと、かつて本尊の掲げられていた仏間の奥へ進んで行った。
男は無遠慮に内陣まで上がり込むと、本尊である不動明王像(酷く錆び付いていた)を脇に押し遣り、塵を舞わせながら何か探すような仕草をした。やはり目的のものは本尊の裏にあったらしく、須弥壇に手を伸ばし掴み取るとさっさとその場を後にした。
「……ないな」
男のいた蓬生の廃寺に、白檀と桜が訪れていた。
「失せ物探しって言ってね、失くし物の場所を教えてくれる銅の玉だよ。手に乗る位の玉でね、銅に見えるけど何かよく分からないな。ちょうど榴花と同じ位の大きさだね。」
りゅか、と名ずけたのはほとんど李楽のようなものだ。柘榴の別称にを榴花と言うものがある。ザクロって呼ぶのは紛らわしいわ。わたし柘榴好きだもの。ザクロ食べたい、って言ったら、あなたのこと食べたいって言ってるみたいじゃない?
そのまま話の流れでリュカ、と呼び始めた李楽にあわせて、桜もリュカ、と呼ぶようになった。初めは不思議そうに首を傾げていたが、聡い子らしく己の名と認識したようだ。李楽はリュウカ、と呼んでるつもりかもしれないがどう聞いてもリュカにしか聞こえなかった。
閑話休題。
その失せ物探しは手のひらに乗せてやると、その手の持ち主の探している物の方へ転がっていくらしい。
「便利だね」
でも、と桜は続けた。
「人探しにも通用するのかい?」
白檀は大袈裟に渋い顔をしてみせた。
「それは分からない。」
香食がここに、と言っていたのだが。揶揄われたかな、と白檀は本堂を出た。桜もそれに続いた時、榴花が桜の肩から飛び降り裏手の道へ走っていった。
「……白檀、誰か通ってるよ。」
まだ新しい草の踏み後が残っていた。榴花はその前に立ちじっと桜を見つめている。榴花を手のひらに乗せて首の当たりを撫でてやりながら、白檀を振り返った。白檀は穏やかに微笑みながら言った。
「追ってみよう。」