表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春霧記  作者: 信崎架恋
2/5

白蛇様

薄絹が天からたなびくかの如き霞をまとい、桜は山を下っていた。やがて人の歩む道に抜けると思い切り空気を吸い込む。湿った土のいい匂いがする。気分が良くなり、顔を弛めたまま桜並木を歩いていく。

 

 ここで生きている人々は谷合の小道を進み、村から村、そしてある時は都の方へと移動する。とはいえここは人の手の加わった道の最奥の僻地だ。これより奥に人の通れる道は無い。よって桜並木もない。桜は今、山から人里へと向かっていた。白檀の煎じた薬を肉や穀物と交換してもらうために。

 

 彼は普段、白檀とともにいくつかの拠点を移動しながら暮らしている。季節によって過ごす場所は変わる。今いる廃寺は春、梅雨が近づくと川から少し距離のある楓の下の小屋、真夏や秋には1箇所に留まることはしない。冬は降雪の程度を見ながら、何ヶ所かにある冬ごもりの拠点からひとつを選ぶ。

 山々を移動する際、下を見れば家屋や畑が目に入ることがある。普段人里で暮らすことのない桜は、この人の営みを感じさせる道や田畑が好きだった。


 桜並木は河川と田畑に囲まれている。その終わりが、村の入口だ。そこで男に出会った。

 「おぉ、桜殿。久しいな。そろそろ来る頃だと思ってたよ。」

 桜が会釈で応える。男は農民の出で立ちで、親しげに喋り続けた。

 「あんたが来るのは、大体白蛇様のおわすときだからな。縁起がいいもんだよ。」

 「白蛇様?」

 「あれだよ」

 男が指さす方を見ると、春霞が谷間へとどまり、黒い山の山頂だけが浮かぶようにのぞいていた。成程その様は山々の谷間に白い巨大な蛇が寝そべり、その身体を山々に巻き付けているようにも見える。

この辺りはこの山のせいで年中湿った空気がこもっているし、風も少ない。山霧の発現しやすい地形なのだ。そのため生まれた信仰的な類のものだろう。桜は以前白檀が言っていたことを思い出した。

 

 「吉兆というものはその地や人々によって様々だ。蛹が蝶になる瞬間を捉える、朝蜘蛛をみつける、雲雀の声を聴く、夢の中の龍、茶柱...そもそも、ここは神と人とが交わる合流地点だ。人々の信仰が厚いのも当然なんだよ。」


 「白蛇様はこの辺の山々をお守りくださってるンだ。あまり災害もないし飢饉なんてのも起こらない、有難ぇことだよ」


 白蛇は太陽が登ると共に姿を消す。その日白蛇様を拝したことは、その日一日の桜の心を僅かに浮き立たせたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ