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リニアは言う。
この小説は第一巻から第三巻までが繋がった、三冊構成の連巻ものなはずだよ、と。
そして。そんな考えの起点になったのが、手紙に書かれていた『一度などは、酷く話が飛んだ場面があった』とする記述だったのだ、と。
彼女いわく。
一見すれば、話が飛び飛びで展開していく作風を表しただけの文面なようにも思えるが、しかし。
物語の区切りを挟んで、いきなり知らない登場人物が当然のように会話に参加してくる程の状況を、ただの『作風』などと手放しに受け入れてしまっても良いものなのか、との事。
「確かにだよ。一般的な娯楽小説などにおいて、敢えて時系列をバラバラに書く手法があるのはその通りさ。
だけれどねぇ。曲がりなりにも相手はこの、作為感が満載のお手紙なんだ。
だったら多少はこちらとしても、一風捻くれた見方をしてみるのも一興だとは思わないかい?」
そこで私は、こう考えてみたんだよ、と。リニアが得意気に人差し指をニョキっと立てる。
本を持ったままなのに、器用なことで。
「あくまで仮説ではあったけど。でもね、お嬢さん。ひょとしたら君のお姉さんは──」
指立てしたまま、お嬢様へと向き直るリニア。
「連巻物の小説を読み進めるうちに、どこかで途中の巻を飛ばしまい、ところがそれに気が付かず、そのまま先を読み進めてしまったのではないかってね」
いやいやいやいや、いくら何でもそれは。
などと。
彼女にしては余りに出来の悪いものの例えに驚いて、思わずねじ込む言葉を見失う。
そんな私の代わりなのだろうか、お嬢様がやはり面食らったお顔をピクピクさせながら頑張った。
「い、いえ流石にそれは賛同できませんわ。身内びいきではございませんが、わたくしの姉はそれほどに間が抜けてはおりません」
一気に氷点下を下回るお嬢様の視線。そりゃそうでしょうとも。
(まあ、遠回しにお姉さんを悪く言われたようなものですからね)
ところがリニアは平常運転。
「そうとも。普通なら、まずあり得ない事だろうね。
実際、私だって半信半疑ではあったよ。途中の一冊を丸ごと読み忘れるだなんて、そんな間違いが起こり得るのかってね。だけれどねぇ」
リニアはそこで言葉を区切り、自身が手にした一冊を、お嬢様が抱えたもう一冊に向けて近づけてる。
「この二冊を見つけて思ったよ。上下巻という構成であればな、そんな間違いも起こり得るじゃないかってね」
そうしてリニアは、一つ深めに息を入れてから続ける。
「二人は『上下巻』と聞いて、ではそれを何冊で構成されたものだと思ったかい?」
妙な事を聞かれたと思いつつも、素直に思いついた数字を答える。
「二冊ですね」
「ふぅん。お嬢さんもそうかな?」
「え、ええ」
「ま、普通はそうだろうね。知らなければ、当然そう考えるものだろうし、何より”こっち”の人が知らないのも無理はないとは思うのだけどね。
でもね。『上下巻』と言うものには、もう一つ可能性があるんだ。実はこの表記方法、上下の間にもう一冊を挟んで三部構成とする場合もあるんだよ」
寝耳に水です。そういうことは先に言え。
何て不満を私が口に乗せかけたとき、リニアが手にしていたもう一冊を、お嬢様に向けて押し付けた。
「え?」
既に一冊抱えていたお嬢様が、少しだけ身を仰け反らせて、泡を食ったような顔をする。
「え、え?」
戸惑った表情のまま、それでもどうにか押し付けられた追加の一冊も抱え込むお嬢様。
リニアがのうのうとした口調で言う。
「じゃあお嬢さん、後の確認は任せたよ。これが探していた本かどうかを見定めておくれ」
盛大な丸投げを告げられ、お嬢様の瞳が不安げに揺れる。
「か、確認ですの?」
「そぉとも。なぁに難しい話じゃないさ。二冊を見比べて、その間にもう一冊の存在を確信するか、もしくは──」
見つけ出したその二冊から、何かしらが『伝わった』かどうか。
「それを確かめればいい。見つけ出せば伝わる、とそういう話だったのだからだね。それらな簡単な話だろぉ?」
酷く曖昧な事を、まるで水でも飲みなと言わんばかりのお気軽な口調で放り投げていくリニア。
当然ながら、お嬢様の心もとなげな様子が変わるはずもない。
そんなお嬢様に向けて、リニアがつらつらと言葉を重ねる。
「おやおや。そうものんびりしていて良いのかい? 君にその気がないのなら、最後の確認もやっぱり私がこなしてしまうよ?」
どういう言い草ですか。
「いやいやまさか、お忘れなのかい? このお手紙は、早馬まで使って届けられたものだったのだよね?
そうまでして、お姉さんが君に伝えたかった何か。そんな御家事情かもしれない言伝を、部外者の私が真っ先に見つけてしまっても構わないと言うのかな?」
そんなリニアの淡々とした言葉を聴き、お嬢様の両肩がビクリと跳ねた。
「っ!」
お嬢様の鋭い吐息が音となって店内の空気を微かに揺らした。