15
「さぁて。それじゃあそろそろ、答え合わせといこうかねぇ」
ヌケヌケとそんな台詞を口にしながら、リニアはつま先立ちで書棚に向けて右手を伸ばす。
そうして指先を本の上端しに引っ掛けたかと思えば、そのまま左側の一冊を引き抜いて見せた。
そして振り返り、言う。
「まずはこっちが、最初の第一巻のはずだよ」
続けて言葉尻に「二人とも、見てごらん」と添え、私とお嬢様の中ほど辺りに、手にした本の背表紙を突き出してくる。
「分かるかな? タイトルの少し下に、一文字が添えられているだろう? さっきも言ったけど、これは『上』を表す単語の頭文字だよ。
つまりはこれが、物語の始まりと言うわけさ」
なんて事をほざきつつ。リニアは「その証拠に」と呟きながら本の表紙を開くと、そのまま巻頭あたりを適当に飛ばしめくっていく。
そして、
「ほぉら、やっぱり。最初の章に『プロローグ』とあるよ。これは正に、動かぬ証拠という奴だねぇ」
くっそご機嫌ですね、本当に。などと思いつつも、考える。
上下巻。
先程リニアが口にした、ちょっと聞いたことのない言葉。
それを胸の内でこっそりと繰り返しながら考える。
タイトルの下に添えられていた一文字。
確かにそれは、紛れもなく『上』の単語の最初の一文字には違いなかった。
そしてきっとその一文字は、リニアの言うように、最初の一冊目を表す意味で付けられているのだろうとも思う。
だからこそ、疑問に思えて仕方がない。
(この人、本当にどこの出身なんでしょうか?)
と。
リニアはこれを、故郷ではよく見る表現方法だと言った。
しかし私は、そんな奇抜な巻数表示など聞いたことがない。
これでも一応は、中級魔術師の端くれだ。
完璧に習得したとは言えないまでも、多種の言語に対しての造詣の深さには、それなりの自信もあるつもりなのに。
(本当に、よく分からない人ですね)
などと、少しばかり気軽に脱線していると、
「はい、じゃあどうぞ」
そんなリニアの声が聞こえて、我に返った。
見ればリニアが、お嬢様に向けて本を差し出している様子が視界に入る。
「え、は、え、はい?」
思わぬ贈呈だったのか。
驚いた顔でたどたどしく声を出しながら、それでもどうにか本を受け取るお嬢様。
胸の前でおろおろと本を抱えるお姿は、なんとも心もとなげに揺れ動いて見えます。
そうして。
本を手放したリニアは再び書棚に向き直り、ゆっくりと右手を持ち上げていく。
そんな光景を黙って見ていれば、彼女は先ほどと同様の動きで、残っていた右側のもう一冊を書棚から取り抜いた。
お嬢様の囁くような声がする。
「では、そちらが第二巻なのですね?」
リニアが答える。
「いいや。多分、第三巻だね」
せーの。
(んんんんんんっ!)
もういい加減、何度目になるのか数えるのも嫌になるほどに繰り返された展開に、私は声にならない雄叫びを心の中で響き渡らせれる。
すると目ざといリニアが、キョトンとした顔で問いかけてきた。
「おや。どうしたんだい、カフヴィナ? そんなにプルプルして?」
誰のせいだと。
と、文句の一つも叩き付けてやりたい所ではありますが、でも冷静に。そうです努めて冷静に。
私は対リニアのベテラン兵なのですからして、これしきのこと。
そんな思いもあればこそ。
私は何とか理性の崖っぷちに踏みとどまって、先に聞こえたリニアの発言と向かい合う。
「第二巻ではなく、第三巻なんですね?」
「そうだよ」
「やっぱりそれも、手紙からですか?」
「当然、その通りさ」
こいつ、いけしゃぁしゃぁと。
「ちなみに、第二巻はどうしたのですか?」
「ああきっと、初めから無かったのだろうね」
なん、だと?
「せ……説明を」
どうにかこうにか促す言葉を絞り出せば、リニアが顔面一杯に胸糞悪い笑顔を張り付けて頷いた。どちくしょう。
そうして再び開催される、リニア主催の高説会。
「私の見立てどおりならね。恐らくこっちの一冊は、連作ものの第三巻にあたるはずなんだ。そしてそれはつまり、こういう事でもある」
この小説は全三部作になっている。
「ってね」