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第97話 久遠寺の姉妹

「それにしても…思った以上にこの事態について誰も知らないみたいだな」

「…そうですね」

調査はほとんど何も進まず、紬たち2人もまた、足止めを喰らっている状態だった。

「名前を売るのに必死なのかもしれないな。…まったく、僕たちへの対抗意識なら、そもそもこんな探偵事務所など相手にしない方がいいだろうに」

「それはその通りかもしれないですけど、自分で言うんですね……」

かなり小規模な探偵事務所である以上、依頼なども頻繁に来るわけではない。

だからこそ、対抗意識を燃やすような組織ではないと、華月はそう認識していたのだ。


「…妹に負けるのがそんなに怖いかね。気持ちは理解できないでもないが、もう大人になる年齢のやつがそれでは、僕としても少し心配だ」

「私、落ちこぼれ扱いされてるって話、前にしたじゃないですか」

「ああ。そうだな?」

「実は、姉さんだってそうエリート扱いされてるわけじゃないんです」

紬はどこか遠い目をしながら、華月に語り掛け始める。

「むしろ、久遠寺の今の跡取りは出来が悪い、とか噂されてるくらいで。だから、余計にコンプレックスみたいなのが高まったんだと思います」

「名家のお嬢様は大変だな」

「…はい。まあ、色々事情があるとはいえ。もうちょっと本音で語り合える機会とか、ないのかなとは思ってますけど」

華月は久遠寺家の事情とやらを全て理解しているわけではない。だが、それでも奏が姉として抱えるコンプレックスというものの大きさがどんなものなのか、想像することくらいは出来た。

それを差し引いても、どこか異常だというのが華月の出した結論ではあるのだが。


「出来れば奏クンに直接あって話を聞きたいものだがな。…僕としても知らない仲ではないし」

「まあ、そうですよね。むしろ私もそれを望んでるくらい……」

最早調査とは何だったのかというくらい、2人の話は弾んでしまっていた。

もっとも、何も進まないのであるのなら、それこそやれるのは町を歩くことくらい。

「そろそろ昼ごはんにしないかね。少々早い時間ではあるが、今のうちに買っておいていいだろう」

「…あ、そろそろいい時間ですね。そういえばこのあたりにコンビニありましたっけ」

時刻を見れば、時刻は11時30分。食事には少々早いが、それでも買い物には丁度いい時間だろう。


…だが、コンビニに向かえば、そこには予想だにしない光景が広がっていた。

「金を出せ!!!言うこと聞かなかったらこいつで撃つぞぉ!!!」

布で顔の下半分をすっぽり覆い、目深にかぶった帽子とサングラスで容姿こそわからないが、おそらく声色で若い男であろう人物が、拳銃をレジの店員に突き付けていた。

「今時こんなのやるやついるのか~~~~~!?」

「別のお店にした方がいいんですかね……?」

触らぬ神に祟りなし。こっそりと店を出ようとした2人だったが、しかし厄介なことに、男の頭がこちらに向けられてしまった。

「おいそこのガキ共ぉ!!てめぇらが人質だ!余計な真似しやがったら撃つ!」

「……はぁ」

面倒なことになってしまったと、紬は頭を抱えた。


そして、店の中を見渡してみれば、「こういう」事態に遭遇するのにうってつけのような人物の姿が見えた。

セミロングの絹のような白い髪に、宝石のように輝く青い瞳。

……未だに「その人物」だと認識するのには慣れないが、白川小春がこの場にいたのである。

「…………あわぁ……」

あろうことか、小春は雑誌の立ち読みをするふりをしながら、震えてその場に立ち尽くしていたのである。

「なんだ、何でこのタイミングで知り合いに遭遇するんだ」

「…コンビニ強盗なんてこんなご時世に出てくる時点でそんな予感はしてましたよ」

小春のいる所に厄介な出来事あり、厄介な出来事ある所に小春あり。といった調子で、平常運転の彼女の不幸体質に、何やら巻き込まれてしまったようだった。


「何こそこそ喋ってんだぁ!まさかサツ呼ぼうってんじゃねえだろうなぁ!もし誰かに電話なんかしてみろ!その瞬間からお前ら全員殺すぞ!」

店内がざわつく。だが、紬はあることに気づいていた。

そう、この脅し。『何ら恐ろしいことなどないのだ』。

華月もそれに気づいたのか、紬の前に出て、強盗の男の前に近づく。

「ねえおじさん、昼間からそういう事してて、恥ずかしくないの?」

あからさまな挑発。思わず吹き出しそうになるのをこらえながら、紬は事の顛末を見守ることにした。

「何だガキが……!殺されてえのかテメェ……!」

「こわーい。でも、そんな事したら一生おじさん、牢屋の中だよ?」

あくまでも態度を崩さない華月。男が沸点に達するのは、思ったよりも早かった。


「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

バン。渇いた音が、コンビニの中へと響く。

誰もがこの後起こるであろう惨劇を予想し、目を瞑る。

”久遠寺紬と白川小春以外の人間は”。

目を開ければ、無慈悲な銃弾によって、この幼い少女が命を散らす…そんな無惨な光景が、目の前に広がっているものだと、この場にいる多くの人間が想像した。

しかし、そんなことは起きなかった。いや、起きるはずがなかった。

「脳天なんか狙って、バカになったらどうする気だ、まったく」

華月は涼しい顔をしながら、男の方を見据えていた。

男より明らかに低いはずの視線が、圧倒的に高いところから男を見下ろしているように、紬には見えた。


「ヒ、ヒィッ……!化け物、化け物だああああああああああ!!!」

「…やれやれ失礼しちゃうなあ。……紬」

「はいっ」

続いて、紬の指先から電撃が放たれる。息のあったコンビネーションで、瞬く間に男はその場に崩れ落ちた。

「あ……ありがとう、ございます……!」

アルバイトであろう青年が、紬と華月に向けて、震えながら礼を言った。

その顔は恐怖から解放された安堵に満ちていて、助けられたんだという実感が、紬の中に溢れてくる。

「何、お礼を言う程のことじゃないさ。何せ、僕としてもあんな喚くのがここにいては、迷惑千万なものでね」

「一応通報はしておきます。…怖かったですよね」


「はい、いきなりあんなやつが銃向けてきたもんですから……俺腰引けちゃって……」

「ああ、そうですよね。とりあえず、もう安心です。…この人は、拘束しておきますんで」

「手慣れてますねぇ。…あなたたち、もしかして最近噂の警察の人だったりします?」

青年の口から出たワードに、思わず紬の眉毛がぴくりと動く。

「いえ、違いますよ?私達はこういう者です」

そう言いながら、紬は『CRONUS』の名刺を、青年に向けて差し出した。

「探偵かぁ……カッコいいなぁ……俺、昔そういうの憧れてたんですよ!」

自分より明らかに年上であろう男性に尊敬の目を向けられ、紬は少し照れ臭くも、しかし嬉しさは、誤魔化せなかった。


「ところで小春、銃弾くらいなら避けられるんだから何もあんな怯えなくても」

「あの事があったのでつい、避けきれないと思うと……」

「ああ…そりゃしょうがないな。『あれ』はイレギュラーだとは思うが、一度あんな重傷を負ってしまえば無理もないか……」

華月と小春がそんな会話をしていると、店に入って来る人影が一人、見えた。


「何故、貴女はまた私の仕事を奪うのですか……」


「久遠寺、紬……ッ!!!!」

まさに会いたいと思っていた人物が、紬を憎悪の目で睨みつけていたのが、華月には見えた。

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