第92話 少年少女はまだ踊る
次の日の朝。小春が「CRONUS」の事務所まで来ると、もう既に自分以外の職員は揃っていた。
「おはようございます」
「おはよう。とりあえず元気そうでよかった」
「おっはよー。春…ちゃんだよね?」
「いい加減覚えろ。流石に何回も間違われたら失礼」
「おはよう。うちの社員は事務所に来るのが早くて助かるな」
紬、一哉、悠希、華月。思えば、この5人が真っ当に揃うのも、久々なことのように思えた。
あの『蟷螂』の事件の後も、何度か出勤する機会はあった。
だが、その日に限って一哉が怪我で休んでいたり、紬がたまたま休みの日だったり。自分も諸々の手続きに時間を要していたのもあって、落ち着いて事務所まで向かえる時間はなかった。
「……あれ?」
気付けば、自分たち5人だけではない、他の人物の陰も見えた。
「小春ちゃーん、あたし今までずっと小春ちゃん来るの待ってたの~~!」
「優芽、ちゃん……!?」
藍原優芽。小学校時代の小春の友達で、あるきっかけで再会し、そして…小春があるグループと接触するきっかけを作った、その人が。
「良かった。全員揃ったら、事情説明しようと思ってね」
「夏生さんまで……!何で?」
そして、『あるグループ』もとい。『イカロスの翼』のリーダー的存在である青年、坂巻夏生の姿が。
「いやぁまあ、事情と言ってもうちで雇うというだけの話だがな。何、資金は足りてる。幸い親の遺産があるんでね、経営くらいは何とかなるさ」
「親の遺産食いつぶして探偵事務所続ける気ですか?」
「人聞きが悪いぞ一哉。それに探偵事務所以外にもいろいろと伝はあるからな。そこで稼がせてはもらってるから、遺産に手をつけるっていうのは半分冗談さ」
「半分は本気なんですね……」
若干笑えない冗談に紬が困惑する顔を見せつつ、そんな彼女をしり目に、華月は続ける。
「というわけで、新しい職員の藍原優芽君と麻木夏生君だ。これからもよろしく頼む」
「は~い、というわけで小春ちゃん、よろしくね~~~?」
甘ったるい声を出しながら、優芽は小春の方へ抱き着いてきた。
「わわっ……!?」
初めて会った時と同じく、未来視に映らなかった優芽の行動に小春は対応できず、そのまま倒れ込んでしまった。
「ちょっと、また一緒に会えるのにさー。避けないでよー。それともさ、もしかして久遠寺さんの方が大事~?」
「あの、そういうわけじゃなくって……」
「優芽、人前でそうやって抱き着かない。それに、挨拶しなきゃいけない相手は白川さん以外にもいるだろ?」
「ちょーっと小春ちゃんに会った嬉しさが爆発したっていうか~?夏生くんってばイジワル」
「イジワルとかの問題じゃなくてだな……」
頬を膨らませる優芽に、夏生は何とか対応しようとする。しかし、どこか感じる夏生の頼りなさに、他の4人はなんとも言えない視線を向けていた。
「うーん、抱き着いてくれるのは嬉しいけど、人前でっていうのはちょっと、恥ずかしいかなぁ……」
思えば昔から、優芽には妙に他人と距離が近いところがあったなと、小春はありし日の彼女を思い出していた。
「までも、というわけでよろしくねっ。あと久遠寺紬さん、小春ちゃんの一番大切な人っていうのは、渡さないから、そこのところもよろしくね」
「だってさ久遠寺さん。頑張ってね」
「他人事だと思って……!でも?流石にそういうはしたない子には、負ける気しないけどね?」
「あ、あの。ちょっといいかな!」
内心焦りが隠せていない紬だったが、一触即発のムードに耐えきれなかった小春が話題を変えてくれたことに、こっそり胸を撫で下ろしていた。
「さっき、『麻木夏生』さんって言ってたけど……」
「ああ。坂巻は俺の母親の苗字でね。色々あって父親と縁切ってたんだけど、最近仲直り?してさ。というわけで、書類上の俺の名前は元から麻木夏生なんだ」
一体何かあったのだろうか。何も知らない小春は首を傾げていたが、きっと本人にもいい転機があったのだろうと、特に気にしないことにした。
「それにしてもさ、僕は思ったんだけど」
「?どうしたの?」
一哉が一言、ぼそっと呟いた言葉に、全員の注目が集まる。
「白川さん、顔変わっちゃったけど、なんというか。中身が白川さん過ぎて、今思えばバレバレだったよね。やっぱあの作戦、白川さんだとどのみちバレてたんじゃないの?」
こいつ、自分たちが思ってても言わなかったことを堂々と……!
という全員の意思が、一瞬だけ団結したような気がした。
同時刻。警察署内。留置所に2人の女性が捕らわれていた。
「……ねぇ。あなた、『負けた』んでしょ?悔しくないのかしら?」
一人は、40代程の、美しい黒い髪をした女性だ。
「悔しいといえば悔しいけど、今思えば私って単なる捨て駒だったのかなって。いやぁ、悲しいね」
そして、もう一人は、その半分程の年齢であろう、背の高い中性的な女性。
「思ってもいないことを白々しく言うんじゃないわよ、気持ち悪い」
「そうかい?いやぁ、私って演技には自信があったんだけどね。まあ、どのみち私もあなたも敗北者さ。ね、『灰かぶり』」
「私をそんな恥ずかしい名前で呼ぶのは、貴女だけよ。『ザミエル』」
そう呼び合う二人は、暗い留置所の中で、妖しく笑った。
「それにしても今回、気づけば全てが終わっちゃってましたねぇ」
「そうですね……まさか、『ザミエル』とか呼ばれてた犯罪者を片付けたのが、私の妹だっていうのは予想外でしたけれど」
「妹の成長がそんなに嬉しいですか?」
「その程度の相手に苦戦したのか、という悔しさの方が大きいですが」
「まーいいじゃねえの。出来損ないだと思ってた妹がそんな大捕り物やってくれたってんなら、オレだったら大喜びするけどね」
「それはあなただけではないですかと思うのですが」
「え?一般的な感覚だと思うけれど?」
「それが一般的かどうかは議論の余地ありでしょうねぇ」
「…そんなことはどうでもいい」
「私は、今度こそ結果を出す。」




