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第88話 『白川小春』

「『イクス・アイズ』は未来予知の能力などではない、未来改変の能力なんですよ」

「それが事実だとして、何であんたがそんなことを知ってるの?」

今まで、小春が使った力は一体何だったのか。そして、何故それをこの男が把握しているのか。

「その疑問にお答えしましょうか。まず、不自然だとは思わなかったのですか?何度も自分や身の回りの人間が死ぬような悲惨な未来を見たというのに、そのすべての回避に成功していることに」

「それは、小春や私達が上手く、頑張ったから……。未来を伝えられた私達が、その未来を変えようと……!」


「世の中、頑張った程度で何も変わるはずはないのです。あなたたちは既に殺されている運命にありました。ですが、その力で全てを変えたのです。アナタたちは、『イクス・アイズ』に命を救われたに過ぎない存在」

「じゃあ……今まで起きた事は、私が「CRONUS」に入ってから起きた事は、全部能力のおかげだって…そう言うの……!?」

信じられなかった。

全てが、自分の力だと信じていたそれは、まるで自分が『能力に操られていただけに過ぎない』ようではないかと。

足元が揺らぐ。自分という存在が、一気に不確かなものになる。小春は膝をつき、その場に蹲った。


「小春……っ!!」

「理解していないのですよ『イクス・ホルダー』の真の姿を。そして白川小春。ワタシたちの目的に、あなたの力が必要なのです」

さっきまでキンキンと吼えていた男の声色が、急に優しいものへと変わる。

「アナタの力は過ぎたるものだ。探偵事務所などで使っていいものではない。それに、強大すぎる力はより大きな不幸を呼ぶ。アナタも薄々勘づいているでしょう?」


「アナタの父と母が死んだのは、アナタがこんな力を持ってしまったからなんですよ」

軽い羽根を思わせる、優しく触れるような声。しかしだからこそ、冷酷すぎる言葉は、小春の胸に大きく深々と突き刺さった。

「あああああああああああああああああーーっ!!!!!」

静かな廃墟の中に、少女の慟哭が響く。

ああ、どうして自分はこんな力を持ってしまったのだろう。

そして、どうして自分はこんな力に驕ってしまったのだろう。

六条鳴海は、『CRONUS』が自分を不幸にすると言っていた。いや、違う。


自分が、紬も優芽も、大切な人たちを不幸にしているのだと。


紬の視界に、信じられないような光景が見えた。

小春が、拳銃を自分のこめかみに押し当て、その引き金を引こうとしていたのだ。

「やめ、嘘でしょ……そんな……やめてよ……」

「皆がこうやって争って、私を巡って傷つくくらいなら、私の命はここで」

発せられる声色は、あまりにも冷静で。

しかし、だからこそ、この行動が単なる脅しやハッタリなどではないと、それがはっきりと、その場にいる全員が理解させられた。

「やめて……やめてよぉっ!!!!!」

それを押しとどめようと、紬が髪を振り乱して叫ぶ。


「小春、前に私に言ってたよ!ずっと寂しかったって!でもね、私だって同じ気持ちなんだよ!!」

訳のわからないほどの感情の激流が、紬から流れ出し始める。

「ずっと私だって孤独だった。埋められないものがあった。でも、小春がいたから、私は前に進めたんだ!小春が私達を守ってくれたんだ!それは能力のおかげかもしれない!能力が未来を変えたからかもしれない!!

でも、小春が私達を守りたいって気持ちは、偽物じゃない!あなたの気持ちは!全部あなただけのものなんだよ!!!」

もう、自分でも何を喋っているのかわからない。ただ、伝えたいのは一つだけ。

「私は…小春に……死んでほしく……ないっ!!!!」


「紬さん、でも……私……私がいたから、皆はこんなことに巻き込まれて…!」

「そんなことくらいどうだっていい!もっとデカいのが出てきたら、一緒に戦っていけばいい!一哉だって悠希だって、華月さんだって、あなたと一緒にいるのが好きなはずだよ!たとえそうじゃなかったとしたら!私だけでもずっと隣にいる!!」

溢れだす感情は、やがて涙となって紬の視界を埋め始めた。

「だから…戻ってきてよ!また一緒に!一緒に隣に……!」

銃を下す音と、すすり泣く声だけが、その場に反響する。小春は蹲ったまま、その場に留まった。

「…これだけ大切に思われてるんなら、君はきっと幸せ者だよ。白川小春さん」

切られた身体を庇いながら、夏生は小春の元へと近づく。


「君の未来を変える力というやつが、どれだけ強大なものか、俺には推し量れない。でも、きっと未来を変える力というやつは、君が願ったからこそ作用したんだと思う。

それなら、全てが能力のおかげなんかじゃない。キミの、願いのおかげなんだと、思う」

「小春ちゃん…あたし。小春ちゃんとまた会えて、すっごい嬉しかったよ。それが、樹里ちゃんに利用されてたとしてもさ。こんだけ変わっちゃったあたしのこと、受け入れてくれたし、さ。

無理に生きてくれなんて言わないけど、あたしは小春ちゃんがいなきゃ、寂しいよ」

夏生も優芽も、小春の方をしっかりと、じっと見ていた。


「アンタみたいな騒がしいやつ、僕はほんとはそんなに好きじゃないんだけどさ。でも、こんだけ想われてる人間のこと放っとくとか、僕には出来ないよ」

「オレさ、すっごい頭悪いけど、でも。これだけは言えるよ。春ちゃんみたいな子、ああいうわっるいやつに振り回されて、死んじゃうとか、そんなの間違ってると思うんだ。…あーもう、上手く言えねえ!!」

その場にいる人間全てが、小春の方を見ていた。

「…ほとんど、お前のために裏切ったようなものだ。だから、その命だけは絶対捨てるな。命を絶つことだけが責任を背負うことじゃない。命を守っていくのも、責任を背負うことだ」

鳴海もまた、小春に心を動かされていた。鳴海もまた、自分を何も持たない空虚な自分に、光をもたらした彼女に、やはり生きていて欲しかった。


「茶番劇はそこまでですかぁ?皆さん、よくもまあ、こうも不幸をもたらす『イクス・ホルダー』に感情移入できるものですねぇ」

「テメェッ……!!!」

「そういきり立たないでくださいよ、裏切り者の鳴海君。かつての彼女と同じ顔が台無しですよ」

あくまでも男は、蟷螂は余裕を崩さないままだった。

これだけの人数を相手してなお、全て勝利すると、男は確信していたのだろう。


「さて、ワタシはもう限界です。裏切り者の彼に、もう怒りが収まらなくなってしまいました」

あくまでもその余裕を表情を崩さないまま、男は鳴海の方へとゆっくりと近づいて行った。

そして。

「さて、あなたは白川小春に成り代わろうとしていたんですよね?ならその『右腕』、もう要りませんよね?」

「ぐああああああああああっ!!!!」

かつてその腕の『あった』場所を押さえた鳴海が、転げ回る。

蟷螂のの動きはあまりにも一瞬だった。小春の予知にすら、映らないほどの速さだった。


「さあて、アナタたちの腕のみならず全身を切り落として、並べて差し上げましょう。ここから先は戦闘ではありません、ワタシの『処刑』です」


<蟷螂>と名乗った男は、嗤った。


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