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第86話 『ぶっ壊してやる』

「あれ、紬さんどうしたんですか?」

眼前に映る人物は、どう見ても白川小春その人だ。

だが、その鮮血にまみれた姿は、どう見ても小春だとは思えなかった。

「どうしたも、何も……」

その先の言葉が出てこない。

どうしても、目の前に映る小春が、恐ろしくてたまらなかったのだから。


そもそも、違和感がありすぎる。

小春の使う武器は銃だ。元々体格にも筋力にも恵まれているわけではない彼女は、そういう近接の武器を使うのには向いていない。

本人もそれをわかっているから、小春はナイフなんて使ったことはない。

次に、表情だ。

目の前の小春の笑顔は、どうも貼り付いたように不自然だ。

何より、


小春が、人を刺し殺して笑っているような人間であるはずがない。


「どうしちゃったんですか?黙っちゃって」

「……どうにも不自然だと思ってた。急に病院からいなくなる小春。そして、急に現れた小春そっくりの言動をする女の子。

ありがとう。藍原さん、あなたが『こう言ってくれなきゃ』、私はわからなかった」

「…あたし?ってまさか……!」


「あなたは『六条鳴海』で、本物の小春は、雪さんなんじゃないの?」

「………!!」

「何の目的があってそんな事を……!」

確証のある推理だった。だが、全く目的がわからない。

自分だけが小春に成り代わるだけならまだ理解は出来る。だが、小春をわざわざ別人にする必要まであったのだろうか?

「あーあ。せっかく秘密裏に何とかしようと思ってたのに。…というか、アンタたちがわざわざ事件に巻き込むから、白川小春には名前と姿を変えてひっそり生きてもらおうって考えてたのに、全部台無しだ」

「どういう事…!?」

「まだわからないのか。だが正解だよ。全部正解。まさかこんなあっさりバレると思ってなかった。だが……これだけは言わせてもらう」


「お前たちが、小春を不幸にするから、俺がその不幸を引き受けてやろうって思ったんだよ」


時は昨日に遡る。

「ちょっといいか、白川小春」

「どうしたの?それに…さっき組織を裏切る、って」

一体『組織』というのがどんなものなのか、小春にはわからないが、鳴海の決意が大変なものであることは、その横顔からも見てとれた。

「オレは産まれてからずっと組織で動いてきた。人だって殺した。…生まれながらの罪人だ。お前のことだって殺そうとしたんだ」

…そうだ。あの予知に現れた紬は鳴海が化けた姿だったのか。

連絡する暇すらもなく、命からがら逃げおおせたから自分はどうにかなったが、もし予知がなければ今頃自分は死んでいただろう。


「あの、何で私のことを……その」

「聞きづらいなら無理に聞かなくてもいい」

「いや、聞くよ。大事なことだもん。…自分のことだし、私の命ってもう、私だけのものじゃないから」

脳裏に浮かぶ「CRONUS」の面々。自分はもう一人じゃない。もし自分に危害を加える人物がいるのだとしたら、それは紬や華月たちにも危害を加えるのと同じだ。

「正確には、お前を殺そうとしたわけじゃない。ただ『半殺しにして組織に連れていけ』っていうのが目的だ。樹里がわざと急所を外したのもそれが目的だったからだ。…もっとも、あいつは能力の制御が下手すぎて、普通に死にかねない傷を与えたけどな」

だから、自分が選ばれたのだと、鳴海は語る。


「だがお前と話してて考えが変わった。…いや、最初から違ったのかもな。素性も何もわからない僕を受け入れてくれた夏生。私の話をちゃんと聞いてくれた優芽。…たとえ表面だけだろうと、友人として接してくれた樹里。あいつらの心に触れて、僕は変わって……しまったんだ。最初は、うっ、夏生の……監視のっ、ためだけにっ、近づい、たのに……」

鳴海の声が、だんだんと涙混じりになっていく。その嗚咽混じりの声に、小春の目にも涙が溜まり始めていった。

「あれから考えたんだ。どうすればいいのかってな。…やっぱり、君みたいなやつが利用されていくのはおかしい。君を殺そうとした贖罪になるかはわからない。だから……」


「俺が、身代わりになる」


「白川小春としてやつらに近づいて……最悪途中でバレてもいい。でも、組織に関わるやつを出来るだけ殺してやる。この力さえあれば、傷だって治せるし、どうにだってなる」

「それで、勝手に身代わりになったのはいいけど、小春の気持ちは聞いたの?」

「聞いたよ。聞いたに決まってるだろ。最初は否定されたさ。自分が死ぬなんておかしいってな。……でも、命令に背いた時点でどのみち僕は死ぬ定めだった。だったら、全部ぶっ壊して、ちょっとでも罪滅ぼしできれば良かった」


「私…あの後、何でか気を失っちゃってて。目が覚めたら、この姿になってて。これだけ残して、鳴海さんはどこかに行っちゃった」

雪……ではない、小春は、紬に白い紙を手渡した。

「何これ、手紙?」

「鳴海さんの考えだから、せめて。紬さんにだけは、読んでほしいなって」

『お前はどこか遠い所に逃げろ。

戸籍も何もない生活は苦労するだろうが、今時戸籍のない人間なんてどこにでもいる。

『CRONUS』のことも、お前を襲ってきたやつのことも全部忘れて、平穏な生活を送れ。

『CRONUS』には関わるな。あの組織はお前を不幸にする。勝手にお前を事件に巻き込んで、お前を傷付けるような組織だ。お前の幸せに、あの組織は要らない』


「何、それ……。小春の気持ち、聞いてないじゃん」

紬は憤った。勝手に小春の姿を弄ったことに、ではなかった。

「小春が、私達のこと忘れて生きてられるなんて、そんな薄情な人間だと思う!?家族もいなくて、友達だって遠くに行ってて、ずっと孤独抱えてた小春に、またそんな寂しい生活送らせる気!?」

「じゃあお前らはこいつを守れるのか!?守れてないからあんな事態になったんだろうが!お前らの仕事に付き合わせてたら、いつか死んじまうんだよ!それがわかってやってるのか!?」

樹里から受けた大きな傷。青白い顔でおびただしい血を流した小春の姿が、今にも紬の脳裏に浮かんだ。

「だったら、お前たちがしゃしゃってくるんじゃねえよ……。こいつが、どれだけ大きな力持って、どれだけの理由で狙われてるのか、知らないだろ……」

あれだけじゃない。新島由良とも、大火傷を負いながら彼女は戦っていた。

自分に、小春を守る資格があるのか。


--紬の心は、大いに揺れていた。

一哉も悠希も、何も言えないでいた。


背後から、足音がする。

何かが近づいてくる音がする。

「おやおや?外が何やら騒がしいと思いましたら、こんな所で何をやっているのです?それに、侵入者まで入ってくるとは。本当に困ったものです」

そこには、薄ら笑いを浮かべた不気味な男の姿。


「…さて、話は聞いていましたよ。皆さん、交渉事を無視するなんてひどいですねぇ。約束事を守れない人間には、当然罰を与えるしかありませんね」


「死という、罰をね」


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