第84話 迷い路を進め
「「病院で寝てるはずの白川さんがいるわけないだろ。逢いた過ぎて幻覚でも見たか、暑さで頭やられてるんだろ」
「……流石にそうだと思いたいけどね」
一哉の暴言にすら、今はツッコミを入れる余裕がなかった。
何せ、小春が外を歩いているとなれば事情が変わるのだ。ただでさえ怪我を負っているのに、単独行動。この状態で小春の身に何かあれば、おそらく今度こそ無事では済まないだろう。
「小春ちゃんが何かの事情でまた病院出なきゃいけなくなったってなると……」
「十中八九、己の身に起こる何かを予知したんだろうね。それか」
「オレたちの身に、何かある」
小春の予知は、近しい人間の危機も察知することがあるという。
だとすれば、危ないのは小春ではなく、自分たちかもしれない。そう思うと、警戒度を上げざるを得ない。
紬は、どこか宙に浮いていた気分が、一気に地の上に落とされたような気分になっていた。
「もう、僕たち六条鳴海を探してる場合じゃないかもな」
「そもそも、探した所で何かあるかもわかんないんだよね。あーもう、ほんとずっとこんな調子だ…!」
こんな時、華月がいてくれればどうにかなっただろうか。ひたすらに、彼女は頭を抱えるしか出来なかった。
「何なら、さっき見た小春を探して、向こうに向かうしかないかもね」
「あるいは、交渉決裂で戦うしかない、か」
華月ですら敗北した相手なのだ。正直、どうにもならない時の最後の手段だと、華月は認識していた。
「いや、オレらならいけんじゃない?」
「…悠希。何の根拠があってそんなことを」
「だってさ、春ちゃん銃撃したやつ、勝ったんでしょ?」
「正直あれは、能力の相性が良かったからで……」
今なら実感する。あれは単純に運が良かっただけの勝利だったと。
もう一度同じように樹里と戦った所で、次も勝てるとは到底思えないと。
「しかも、オレと優芽ちゃんまでいるんだぜ?不安に思うことねーって」
「そんなこと言っても……」
「ツムツム、もしかして自信ないん?」
「それは……」
紬の中で、ただ電話越しに会話しただけのあの男の像がどんどん大きく膨らんでいく。
それは、不安という形で心の中に大きな暗雲を作っていた。
「逆に私には、悠希がなんでそんなに大丈夫そうにしてるのか、わからない」
「……紬ちゃん、ちょっといいかな」
不安そうに目を逸らす紬に、優芽がそっと近づく。
「そんな顔してて小春ちゃんに顔向けできるわけ?」
「………!」
「小春ちゃんだったら、そんな不安そうにうじうじしてる紬ちゃんなんて、見たくないだろうなって思うんだけど?」
「そう、確かにそう……かも。小春なら、きっと……」
小春ならおそらく、無理とわかっていても立ち向かうかもしれない。
ましてや、自分のような派手な能力を使うことも出来ない彼女が。ああ、一体何をしり込みしていたのだろうか。
「急ごう?まだ小春ちゃんと連絡取れないなら、せめて話だけでも聞こ」
「普通病院にいるはずなのにもう外に出ているっていうのが既に、状況として異常だからな」
『何か』があったのは明白だ。だからこそ、自分たちはこの『何か』を知る必要がある。
気付けば逸る足は速さを増し、ほとんど早歩きになっていた。
だが、その途中で背後から紬たちを呼び止める声があった。
「あのすみません!少しいいですか!」
「ごめん、急いでるから道案内とかなら……って君は」
一度見たら忘れないであろう、紬が今朝出会ったばかりの白髪碧眼の少女。
それが、どういうわけなのか紬たちを呼び止めていたのだ。
「知り合い?」
「知り合いっていうか、今朝会った子」
「…ああ、この子が件の」
「あれもしかして、私の事噂になってたりしますか…?」
「そりゃ、なるだろうね……これだけ目立つ見た目してたら」
「初めて見たけどなんか、すごいね……」
夏生や優芽は、その少女に少し見とれそうになってしまっていた。それもそのはず、人形のように整った顔立ちに、吸い込まれそうな綺麗な青い眼。
それでいて、髪は絹のように白いと来たものだ。
美しさ以上に、まず何もかもが目を引く姿をしていた。
「なんか…改めて見られるとすっごい緊張するっていうか……私そんなに目立ちますか?」
「目立つに決まってるだろ……自覚ないのか?」
「あのえっと……すみません、まだこのあたりに来てすぐなので……」
「このあたりに来てすぐとかそういう問題じゃなくても目立つだろ……」
「それで、どうしたの?私に用があるみたいだけど…」
自分のことを人差し指で差しながら、紬は改めて少女に質問する。
「ああはい、実はですね…えっと……白川小春さん、って人、知りませんか?」
まさかの名前に、紬は思わず目を剥く。
「知ってるけど、その小春さんがどうかしたの?」
「実はちょっと会いたくてですね……前にその人に落とし物を拾ってもらったことがありまして。その時のお礼がしたいといいますか……」
「あー…なるほど……でも、何で私達に?人探しなら、別にもっと聞ける人いると思うけど」
「あ、なんとなく!なんとなく、あなたたちなら知ってる気がしたんです!」
「急に意味わかんないこと言い出すな……」
少女との会話は、どこか噛み合っていないような気がした。
会話そのものが、どうも宙に浮いているかのような印象を受けるのだ。
立ち居振る舞いが、小春とどこか似ている少女が、よりにもよって小春のことを捜索しようとしているという状況に、紬は奇妙なものを覚えたのだ。
「とはいえ。私達も実はその人、探してる所なんだよね。ちょっと用があって」
「そうなんですか!?偶然ですね!」
「声おっき……」
いきなりの大声に、思わず一哉と夏生はたじろぐ。身長差があって聞こえにくいはずの夏生にすら、その大声は大きく響いてきたようだ。
「それなら、一緒に探そっか。そうだ君、名前は?というかそもそもどこから来たの?」
「……。天羽雪。っていいます。どこから…って言われるとえっと…実は思い出せなくて」
「記憶喪失ってことかぁ……。何か、思った以上に謎が深い子だね。あ、私は久遠寺紬。一応こういうのやってる人なんだけど」
「……あぁ、はい!」
紬は名刺を取り出し、少女…雪に対して手渡した。雪はその名刺に対して、数秒それを見た後、荷物の中に入れた。
「…ねぇ、坂巻さん。あの女の子、どう思う?」
「どう思うとは?」
「正直。見た目と言動がチグハグすぎる。何か見てて違和感がある」
「言いたいことはわかるけど、合ってないって人はいるんじゃないかな」
「そりゃそうだろうけどそういうレベルじゃないんだよ」
「…まるで、中身だけ別人が動いてるみたいだ」




