第83話 ゴールの見えない迷路
「……で、来たはいいんだけど」
紬たちは、鳴海の自宅であるというアパートの前まで来ていた。…だが、そこにあったのは。
「空地、だ……」
まるで人が棲んでいた痕跡などそこにはないかのように、雑草だけが生えた何もない空間だけがそこに広がっていた。
「ねぇ夏生くん、鳴海くんに住所聞いたの、いつの話?」
「…去年、です」
まだまだ炎天下な中を歩いていた5人にとって、これが無駄足というのはかなり精神的に来るものがあった。
特に体力があるわけではない優芽や一哉などは、見るからに疲れ切った顔を夏生の前に向けている。
『何で歩かされたんだ』と言わんばかりのその表情に、夏生の顔は見るからに青くなっていく。
「まあ、気にしないでいいと思います。去年なら、引っ越してる可能性だってあるかもしれないですし…それに近所の人なら知ってるかも」
「…何で引っ越してるって教えてくれなかったんだろうな。俺、信用されてない?」
「あー、夏生くんがネガティブモード入っちゃった…」
まるで夏生の周りだけ暗雲が立ち込めているかのように、じめじめとした空気がその場に広がる。
「信用も何も、相手は一種の裏切り者だったんだ。むしろうまく情報を隠して立ち回ったとしか言えない。無駄足ではあったけどね」
「無駄……」
「何もない、っていう情報が手に入ったとも言えるけどね。よく、華月さん言ってるじゃん。『だが足を運ばなければ何もないということはわからなかった。これは充分な情報だ』ってね」
調査の最中、無駄足を踏むことは何度もある。
2時間程かけて行った場所で何も得られなかった、などという経験も、紬にとっては一度や二度ではなかった。
だからこそ、紬はこの時に、華月の言葉を思い出していた。
「『過度に無駄を嫌っていれば本当に手に入れたいものだって手に入らなくなる。効率重視もいいが、たまに遊んでみれば視点だって変わる。
道は一本道じゃないぞ?』ってね」
「なんか今日のツムツム、めっちゃ頼りになんね」
「そうかな?」
「うん、なんか、ビシッ!ってしてる気がする!」
紬は実のところ、焦りの感情が全くないわけではなかった。
だが、この5人で調査を続けているうちに、自然と自分たちの中に連帯感のようなものが芽生えてきたような気がして、気づけば安心してしまっていた。
最初あまり良く思っていなかった優芽も、自分の中で頼れる仲間として数え始めていた。
「…よくわかんないけど、ありがとね」
「えへ、どういたしまして!」
「…さて。それはいいんだけど。改めてこれが無駄足だった以上、次の動きを決めなくちゃいけない」
「冷静に考えたら、鳴海さんって見た目自由に変わっちゃうから、大学にいる時とそうじゃない時で違う姿使ってる可能性とか、普通にあるよね」
それはつまり、聞き込みこそも無意味になるかもしれないという可能性の示唆。
あの能力にどこまでの汎用性があるかはわからないが、少なくとも体格の違う人間に化けることも可能なことまでは、自分たちも理解していた。
「いつもはあんまり能力使いたがらないから、見た目だけは一緒なんじゃないかな」
「そうなの?なんか、変幻自在に能力使いまくってそうなイメージあったけど」
「えっと、なんか前に鳴海くんに聞いた記憶あるんだけど……」
「自分の見た目ずっと変えてると、自分の認識もおかしくなるからって、少なくともサークルにいる時はずっと能力使ってなかったなぁ。
何なら、長いこと才能<ギフト>持ってないのかな?って思ってたくらい」
「藍原さんといい高橋樹里といい、危ない能力持ちいすぎじゃない?そのサークル」
「百発百中で銃撃てる人と、人の感情操作できる人だもんなぁ……」
夏生の能力はともかく、樹里も優芽も乱用してしまえば危険な能力でしかない。鳴海の能力も、もしかすればそういうものなのだろう。
「自分が別人になるって体験したことないからわかんないけど、結構メンタル危なくなっちゃった事があったって聞いたことあってさ。…あ、そういえば思い出したことがあるんだけど」
「?」
「鳴海くんの能力って、他人にも使えるって聞いたことあるの」
「優芽、それは本当?」
「…夏生くんですら知らなかったんだ。まあ、自分がわからなくなって精神のバランスを崩しかねないからっていうので、ほとんど他人に使ったことはないらしいんだけどね」
「…ほとんどやらないなら、特に何のヒントにもならないとは思うけど……」
優芽からの話を軽く流しながら、紬は次の『ヒント』を思い出す。
「あとは、じめじめしてそうな場所、かぁ」
「う~~~ん、全然心当たりねーなぁ。カズはそういう場所わかる?」
「言葉が抽象的過ぎてわかりにくい。湿度の高い場所が好きってことか?」
「鳴海くんがそう言ってたの~~!あたしにもこれ以上はわかんない」
あまりにも少なさすぎる情報。元々自分のことを表にあまり出さない人物だったのだろう、スパイのようなものだったから仕方ないといえば仕方ないのだが、それがわかっていてもなお、紬の心には焦燥が走っていた。
「とりあえず、その場所に心当たりがあるなら、もうどこでもいいから行っちゃおう。湿度の高い場所だってそんなに多いわけじゃないし」
「引っ越してると言っても、大学よりそう遠い場所には行ってないはずだろ?」
「そうだね。何なら、大学だってここから遠いわけじゃないから……」
まるでゴールの見えない迷路を歩き続けるかのように、彼らは調査を進めていった。
残された時間はそう長くない。
「華月さんのいるところからそう離れたくはないからなぁ…今こそ時間いっぱいあるけど…」
「監禁場所だってちゃんと記録しておかないと、迷ったら困るからね」
「うん、そうだね」
しかし、彼らの表情はそこまで暗くはなかった。
どことなく、この5人で動けば何かは解決できるだろうという確信が、あった。
次なる目的地へと向かって歩いて約20分。
少し休憩でもしようかと足を止めると、紬は信じられないものを見た。
「あれ、見間違いじゃないよね……?」
「何か言った?」
「いや、信じられないかもしれないんだけど」
「病院で寝てるはずの小春が、道を歩いてたんだよ」




