第79話 会議は踊り、されど進まず
「…………」
おびえたような目で、夏生はずっと紬の方を見ていた。
紬も、それに対して何か言うこともなく、視線を外さなかった。
「君たちは。何でここまで大きな敵を相手にしてるのに、そんな平然としてられるんだ?」
自分の父親を陥れ、一家を崩壊させた元凶。
それが一体どれほどの相手なのか、夏生という一人の若者には、計り知れない。
だからこそ、それらと対峙している彼らのことが、どうにも恐ろしく見えたのだ。
「私達、普段から危険なことには慣れてますんで。それに……逃げるのはイヤなんです。世の中、逃げちゃいけない事だってある。でも、逃げたらいけない事から逃げたら、残るのは後悔しかない。そういう生き方をしてるんです」
「別に?僕が役に立てて、居場所になるなら後はどうでもいい。死にそうには何度かなってるけど、何とかなってるし」
「悪いやつが悪い事してるまま放っておくのが嫌!それだけ!」
口々に答える彼らを見て、夏生の表情が変わる。
彼らは何も考えていないわけではないのだ。ただ、各々の考えで事件に立ち向かい、戦いを続けている。
「…ごめん、取り乱した。でも、それでも俺はやっぱり。君たちは蛮勇だと思う」
「果たして本当に蛮勇かな」
「どういうことだ?」
「夏生さん、さっき高橋樹里と戦った時、土の壁出して助けてくれただろ。僕たちのこと蛮勇だと思ってるやつが、出来る行動じゃないな」
「…冷静になって、考えが変わったんだ」
夏生は目を逸らしていた。
「…今の坂巻さんが冷静だとはとても思えないですけどね」
「…そうかもな」
そう言って、夏生はソファへと再び座った。
「夏生くんはそう言うけどー。あたしは協力してもいいって思ってるんだけどなぁ」
「…本気か?」
「本気。…皆のこと、見捨てたくないもん。それに、夏生くん、こういう時さ。何だかんだで人のこと見捨てないでしょ?
あたしのことだって、見捨てないでいてくれたじゃん」
「…何が言いたいんだ」
「ほんとは見捨てたくないんじゃないの?すっごく、迷ってるみたいに見えるけど?」
優芽の声色が変わる。
いつものような猫撫で声の面影もないようなそれの迫力に、夏生は少し気圧される。
「もうちょっと、考えさせてくれ。もしこれから何も考えが出てこないとか、出て来ても無茶なことやるとか、そういうのなら俺は降りる」
夏生はその後、何も言わなかった。
だが、いつもこういう時に指揮をする華月がいない「CRONUS」に、建設的な意見など出せるはずもなく……。
「正直あんまりやりたくないんだけどさ、あたしが能力であいつら誘惑して…」
「却下。その程度で通じる相手とは思えない。というか、真っ当な人間の精神持ってなさそうなやつにそれするの、リスク高すぎ」
「こう…何とか潜入して……華月さんだけこっそり奪還して」
「アホ。やるならせめてその何とかの方法を考えろ」
「もうちょっと協力者を増やすとか。警察は…動けなさそうだけど」
「心当たりないでしょ」
「…はい、ないです……」
会議は踊り、されど進まず。完全に話し合いは膠着してしまっていた。
「あーもうカズってば文句ばっかり!!」
「僕だって考えてる、けど。真っ当なやり方が思いつかないんだ…!」
「…ねぇ」
「何」
苛立ちをにじませた顔で、一哉は紬を睨みつける。
「話し合いは明日にしない?ちょっと今の状態だとまともな考えが出てくる気がしない」
「…時間はないんだけどな。まあいいよ。僕もそれに賛成。というか、9時過ぎてんだから帰った方がいい。それで、坂巻さん。明日はどうする?」
「明日…また考えるよ。向かうかどうかはまた連絡する」
「わかった。じゃあ今日は解散で」
お互い、帰り支度を始めようとする。
外はすっかり真っ暗で、おそらくはまだ夏の残滓が残るじめじめとした空気の中で、それぞれの家に帰ることになるのだろう。
「…待って。まだ、単独行動は危険だろうから、出来れば2人以上で帰った方がいい。というより、私はここの事務所に残るつもり」
「となれば全員親に連絡して泊まり込みが安全かな。5人だとちょっと狭いかもしれないけど……」
「誰にでも変身できる?っていうの、ほんと困るよね……あたしもコピーされてたら嫌かも」
「自分と同じ顔した人間がどこかで動いてるかもしれないって思うとね……とりあえず、今日は泊まり込みで決定で」
彼らは話し合いをする中で、すっかり六条鳴海の存在を忘れてしまっていた。
そして、その六条鳴海も、どこで何をしているかわからない。
急に思い出された脅威に、5人の緊張感は極限まで高まっていた。
「……待ってよ?」
「どうしたの」
「そもそも、小春が入院状態っていうの、相手がわかってないはずがないんだよ。なのに、何で人質なんていう回りくどい作戦を取ったのかな」
紬が何かを思い付いたように、不意に話を始める。
「もっと言えば、小春を探すのに、高橋樹里、六条鳴海の二人が動いている状況で、何故か三人目が動いてる」
「…えっとつまり、どういうこと?」
「六条鳴海に何かがあって、動けない状態。そうだとしか思えない」
考えてもみれば、妙な話だ。
一度意識をしてしまえば、全てがやけに噛み合わないような気が、紬にはしていた。
「そもそも、その例の男の人だって、最初狙ってたのはおじさんだったわけでしょ?それが何で、小春ちゃん狙ってるって話になるんだろ?」
「それもそうだ。たまたま悠希と遭遇したから、白川さん狙いに切り替えたんじゃないのか?」
「それも変だよ。鳴海に任せてたんだとしたら、わざわざ一挙両得なんて狙わないで、素直に華月さんごと始末してしまえばいい。華月さんだって無視できない存在のはず。
ターゲットだった麻木さんを狙えるチャンスをわざわざ逃してまで、小春に執着する理由がない」
新島華月。不死身の能力を持つ『吸血鬼<ヴァンパイア>』である彼女は、敵側にとっても相当に厄介な存在のはずだ。
それを生かしておいて、人質などという不確実な方法を取る。どう考えても、敵の動きがおかしい。
「六条鳴海を捜索する。私達に残された一手はそれしかない。今病院にいて動けない小春のために、捕まってる華月さんのために出来ることは、それだよ。」
決意を込めた瞳で、紬は一哉たち4人を見つめていた。




