第70話 裏切りの余波
中央病院の中を訪れると、中はてんやわんやといった様相だった。
いつも冷静に対応している看護師たちが、慌ただしく院内を走り回っている。
「あー……ありゃ大変なことになってるなー……」
「小春ちゃんてば、なんてことやってるのほんと」
小春の傷は、どう考えても一朝一夕でどうにかなる代物ではない。
入院しているという事実を考えれば、外に出るなんてことは言語道断な訳で。
「すまない、ちょっといいか」
「すみません、どういった用件でしょうか、今すぐに答えられる状態では……」
「308号室に入院している白川小春の友人だ」
「そうですか……実は、白川小春さんは……少し、こっちでいいかしら?」
華月は看護師の女性に、どこかに連れられそうになった。
「あ、そうだ。私もいいですかぁ?」
「いいけど…あなたは?」
「『この子、あたしの妹なんです』」
優芽に視線を移動させた華月が、何やら何とも言えない顔をしていたのは、一哉と夏生にだけは見えていた。
「ごめんね、今。白川さん。病室にいなくって。困っちゃうわよね…ああやって脱走する患者は珍しくないんだけど、若い子がああやって…元気なのはいいけど、絶対安静にしてなさい、って言ったのにねぇ」
「そうなんです~小春ちゃん。昔っからそういうとこありまして~。あ、この子も小春ちゃんに逢いたいって言って来たんですけど、残念でしたよねぇ」
「そうよねー。あと、君。あんまり年上に向かってああいう話し方、しちゃダメよ。私はいいけど、誤解させちゃうかもしれないからね」
「…わかった」
何故か急に優芽に妹扱いされたうえ、おそらく自分の半分くらいの年齢であろう看護師に説教をされた華月は、何も言えずに肩をすぼめてしまっていた。
「ごめんなさーい。この子、そういうお年頃っていうか?悪い子じゃないんで、あんまり気にしないでくださーい」
「…よくもまああそこまでペラペラと口から出まかせが出るよね。アホそうな振りして」
「一哉君。君こそあんまりそういうこと言っちゃ…いや、正直オレも驚いてる。優芽ってあそこまで嘘つくの上手いんだって」
「代わりに華月さんがなんかいたたまれない事になってるけどね」
「オレあんな風になってる華月しょちょー初めて見たかも」
裏でひっそり会話を聞いていた4人は、華月と優芽のそれぞれ珍しい姿に、何だか不思議な気持ちになっていた。
特に、あそこまで肩をすぼめている華月の様子は、紬たちにとっても見慣れないものだった。
「それで。悪いんだけどー…。このことは内緒ね。白川さん、見つけてきてくれるかしら。病院に運ばれた時結構な重傷でねー…。正直、安静にしてないと危ない状態なの。今すぐにでも連れ戻さなきゃいけないんだけど、私達は病院の対応で忙しくて」
「それならわかりました~。必ず小春ちゃん連れてきまーす」
華月も無言で頷き、承諾した2人は、傍で待機していた紬たちの元へと戻った。
看護師の女性がほっと胸を撫でおろしていた様子を見て、2人も少しだけ安心した気分だった。もっとも、華月に関しては、おそらく別の理由もあってのことだろうが。
「ふぅ、やっぱり子供の振りをするのは楽じゃないな。精神的負担がえげつない」
「よくやってますけどやっぱりキツいんじゃないですか」
「あれは自分からやるからまだ精神的負担がマシだった」
「無理しなくていいんですよ所長」
「いざとなれば自分の見た目位利用してやろうと思ったんだがな、今日のは何か…思ってたより心に来た」
「しょちょー可愛かったですよ!」
「いらんこと言うな」
病院の隅でこんな会話をしながらも、6人の心は1つになっていた。
『白川小春を捜索する』。
小春には未来予知能力がある。しかし、彼女の身体能力は決して高くなく、特に樹里の能力は相性最悪だ。
今の小春を一人にしてしまえば、あの能力があったとてどうなるかわからないのは、6人全員がわかっていたことだった。
小春を捜索する理由を得たことが、彼らにとって、何だかとてつもなく安心するものとなっていた。
「とりあえず、次も二手に分かれようと思う。先ほどの区分けでいいか?」
「僕と久遠寺さん、藍原さんのグループじゃ自衛能力が足りないから、特に藍原さんには華月さんがついててほしい。あとはいざという時のために悠希もかな。要するに、藍原さんと坂巻さんを交換したいんだけど、いいかな」
「あたしは構わないよー。それにー。朝賀くんだっけ?結構頼れる子だなーって思ったから、優芽も一緒にいたいなって思うし」
「お?ならオレも一緒に行きたーい!!」
「オレはどっちでもいいよ。…ただ、今ちょっと気分的にはあんまり落ち着かなくて、役に立たないって思うから、それでもいいなら」
「…私は構わないよ。夏生さん、その…理由を聞いてもいいかな」
「樹里に裏切られたショックが今になってだいぶ来ててね。正直オレ、何を信じたらいいのかわかんなくて」
一旦落ち着けるときが来たからなのだろうか、夏生の心は、樹里に裏切りを受けたという事実のショックで、ほぼ埋め尽くされてしまっていたのだ。
「あー、改めて確認すると。やっぱり、来ますよね、こういうの…」
「つかぬことを聞くけど、もしかして、久遠寺さんもそういう経験が?」
「そういうわけじゃないんだけど、私、実家の姉と関係が悪くて。久々に会った時に拒絶された時は、やっぱショックだったよなぁ、って。嫌だよね、知ってる人が変わっちゃうの……」
どこか遠くを見つめるような紬は、やはり寂し気な表情をしていると、夏生には見えた。
「生きていれば人が変わってしまうことなんてあるさ。だが…そう簡単に受け入れられるもんじゃないよな」
「華月さんも、ですよね。やっぱり…」
「何を勘違いしている。確かにあいつは僕にとっちゃ可愛い妹だったが、そんなのはもう過去の話だ。……僕の知ってる由良はもうこの世にいないんだよ」
「はいはーい重たい話なーし!!!そんなテンションで春ちゃんに会っても、春ちゃん嬉しくないよ!!」
無理やり流れを打ち切るように、パンパンと手を叩いて悠希が抗議をした。
「あのな悠希、少しは空気くらい読めって…」
「へへ、カズ知らないだろ?オレは空気読まないことに関しちゃカズのおみすつきもらってるからな!!」
「それを言うならお墨付きだろバカ野郎」
「…いや、暗い顔してちゃいけないっていうのは、その通りだと思う。そろそろ行こうか」
6人は再び2つに分かれ、小春の捜索に向かった。
この戦いが無事に終わるということを、祈りながら---




