第68話 異能力者たちは空を翔ぶ
12時50分。小春の面会の時間が近づいていた。
紬、一哉、優芽の3名は、神楽坂私立中央病院の方まで向かっていた。
「小春ちゃん、ある程度元気になってるといいなぁ」
「流石にあれだけの傷負ってたら、一朝一夕じゃ治らない。正直、今目が覚めて面会できるだけでも奇跡みたいなものだ」
そう言われて、優芽はあの時の小春の状況を思い出す。
撃たれた場所からは大量の赤黒い鮮血を流れさせ、血色が良かったはずの顔は死人のように青白くなり、数秒後にも死にそうな状態で救急車に運ばれていた彼女を。
「小春ちゃん、何であんな大怪我しなきゃいけなかったんだろ…」
「わからない。でも、少なくとも今は面会できる状況なんだ。少なくとも…生きてる」
白川小春がまだ生きている。
それは、彼らにとって唯一の救いだった。
「ただ、一つだけ気をつけないといけないことがある。病院の中にいる客には絶対に話しかけられても無視すること。会話が盗聴されていた以上、この時間に僕たちが病院まで来ていることは知られている」
「病院に来たところを待ち伏せして…なんてこともあり得るもんね。最大限の注意はしないと」
「…ほんっと、物騒なのに巻き込まれちゃったぁ」
「白川小春さんの面会に来ました。久遠寺紬です」
紬は小春の眠る病室まで向かおうと、受付に事情を説明する。
連絡は入れた以上、すぐに通してくれるだろう。そう考えたのだが……。
どういうわけなのか、受付の女性は、目を丸くして驚いていた。
「久遠寺紬さんなら、先ほど訪れてきていたはずですが……」
「…え?」
「ですから、面会に来ましたと、5分ほど前にこちらに」
紬は確信した。先に来ていたであろう『久遠寺紬』の正体に。
「すみません、今すぐ病室の方まで案内してください。私達は『3人』でお見舞いに来ると伝えたはずです。先に来た方の久遠寺紬は…才能<ギフト>で化けた私の偽物です」
身を乗り出し焦りを見せる紬に、受付の女性の顔が困惑に染まった。
それもそのはず、誰かに化けることのできる才能<ギフト>など、そこまで才能<ギフト>は便利なものではないというのが、一般的な常識である。
このような突拍子もないことを話した紬のことを、この女性が信用できるはずもなかった。
「…藍原さん。ちょっといいかな」
いまいち信用を得られない紬をよそに、一哉が耳打ちである提案をした。
「え~……うん、いいけど…」
渋りつつも、優芽は了承することにした。何にせよ、このピンチを切り抜けるには、『これ』しかないと、彼女は判断したのだ。
「すみませーん、ちょっといいですかぁ」
交渉中の紬と受付の女性の間に、優芽が強引に割って入った。
「えっと…何でしょうか?」
明らかに迷惑そうな顔を見せる女性だったが、次第にその表情は変わっていく。
「白川小春さん、どちらにいますぅ?」
いつも以上に甘えた声で、優芽は受付への交渉を始めた。
間違いない。能力を使ったのだと、紬は判断した。無理やりに割って入ったのは、女性との距離を近くするためだろうと。
「308号室になります、もうすぐ面会の時間ですので、それまでお待ちください…」
女性は顔を赤くして、優芽への応対を続けた。
「…308号室だってさ」
「ありがとう。…えっと、よくわかんないけど、ありがと!」
デバイスで時刻を見れば、だいぶ面会の時間が続いていた。どことなく速足になりながら、3人は病室を目指す。
「なんか、すごい悪いことしちゃってる気分……」
「仕方ないだろ。僕だって明らかにこんな能力の悪用みたいなこと、あまりしたくなかった。でも、六条鳴海に対応するためだ。我慢してくれ」
「今の、もしかして一哉の提案だったの?」
「ああ。と言っても、受付の人が熱に浮かされるような人であったら、っていう前提はあったけど」
「案外悪いこと考えるよね、一哉」
そんなことを話していれば、気づけば病室の近くまで辿り着いていた。
そこにいたのは、久遠寺紬……いや、久遠寺紬そっくりの姿になっていた、六条鳴海だった。
服装こそ見覚えがないが、紬から見れば確かに『自分が選びそうな服装』であることに、彼女は激しい気味の悪さを覚えた。
「どういうつもり、ッ……!六条鳴海!!」
「病院で大声出すもんじゃないぜ、というか。俺が来てるのどこで知った?」
「藍原優芽のカバンから盗聴器が見つかった。それだけでお前の行動を推測するには十分だ。…というか、仮にも元仲間の会話盗聴してるとか、気色悪すぎる」
「元であってももう彼女は仲間じゃない。利用できる相手がいるなら利用する。話聞いてればわかる。お前もそういうタチだろう?」
一哉の煽りにも、鳴海は眉一つ一切動かず、冷静に対応する。
「しっかし、盗聴器が見つかるのは計算外だったよ。頭の悪い優芽に仕込んでおけば、バレないって思ってたのにさぁ」
「悪いけど藍原優芽はお前が思ってる程頭悪くないぞ。この1日、彼女の様子を見てりゃわかった」
「そうかなぁ?ま、そんなのどっちでもいいや。どのみち、藍原優芽なんて私にはどうでもいい存在なんだ。僕達が狙ってるのは『イクス・アイズ』白川小春だ。あの力には世界を変える力がある。お前たち、あの力の正体、知らないだろう?」
「何を言ってるかわからないけど、小春に危害加えるようなら……!」
「だから人の話は最後まで聞けって。あの小さい所長に何度も注意されてるはずだろう?君、冷静そうに見えて全然深慮とかないタイプだろ」
「…だから何」
「だから単純な煽りに引っかかるって言ってるんだよ。ほんと、アホだよね」
全身で人を馬鹿にするような仕草と表情に、紬は自分の身体が粟立つような怒りを覚える。しかも、それは自分の顔と声で行われているのだ。ますます、怒りが収まらない。
「まあ、ここでアンタたちに危害加えるつもりはないよ。目的は別にあるしね」
肩で息をしながら怒りを抑える紬をよそに、紬の姿をした鳴海は、病室へと押し入っていく。
「追うよ!」
一哉の先導についていき、3人は病室まで向かう。
「チッ……もぬけの殻かよ。一体どこに行きやがったんだ……!」
病室には、白川小春の姿など、なかった。
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「銃撃犯の特徴とか、そういうのだけでも聞きましたかね?」
「確か、身長は160センチ台後半、ショートヘアの20歳ほどの女性だと。聞いてなかったんですか?」
「いや、聞いてはいたんですけど。そんなの当てはまる人いくらでも……おや?」
手がかりも何もない捜査に、奏、京太郎ら4名は途方に暮れていた。もうそろそろ諦めて署に戻ろうかと、そう考えていた頃。
身体中に脂汗を浮かべた病院着姿の少女が、奏たちの元へと近づいてきていた。
「これはどういう了見で?そんな姿で道をうろつかないでください」
「事情は、後で説明します……!」
歳の割に、少々幼さを感じさせる声で、奏はその正体に気づいた。
「中川さん、私の傷、治してください……!」
自分は一体、悪い夢でも見ているのだろうかという気分だった。
何せ、先日銃撃されたという少女が、自分たちの前に現れているのだから。




