第64話 違う種類の強敵
「はい、わかりました。では、13時で」
小春への面会の約束は、13時ということになった。まだ、約束の時間までは3時間程ある。
ふと、誰かの気配を感じたので、紬はそちらの方へと、振り返った。
「…一哉に、藍原さん、だよね。もしかして、2人も?」
「戦えないからって言われちゃってね。ま、僕の戦い方って結局あんな狭い空間じゃ向いてないから。それに5対1はかえって戦いづらいでしょ」
さっきはああ言ったが、狭い空間に何人も大挙している状況は、戦略的にもあまり好ましい状況ではなかった。
頭が冷えた今だからこそ、自分は『あそこにいるべきではない』と、強く認識していた。
「優芽でいいよ。その呼び方、堅苦しくてあんまり好きじゃない」
「…そう?距離近すぎても良くないかなって思ったんだけど」
「あたしは、その、距離置かれるの嫌だから。こんなんだから、よく距離置かれててさ。だから、名前で呼んで」
「…ああ、うん。わかった。優芽…さんでいいかな?いきなり呼び捨てってなると、ちょっと距離詰めすぎかなって思って」
「わかった。妥協したげる」
そう頷いた優芽の顔は、その発言に反して、何だか嬉しそうに、紬には見えた。
「それにしても13時か。今から向こうに加勢するわけにもいかないし、どこかで時間潰そうにも、六条鳴海さんだっけ?あの人が襲ってきた時点で、もう安全じゃないと思う。
いや、僕としてはもう手詰まりに近い状況にすら見える」
「どういうこと?」
分析を始める一哉に対して、優芽が首を傾げる。
「あの人は久遠寺奏に化けてきた。それはつまり、少なくとも久遠寺さんの周囲の人間まではバレてる。それに出会い頭に「出来損ないさん」なんて言って嫌味言ってきたってことは、2人の関係性までもうバレてるってことだよ」
実際、華月が指摘するまであそこにいた久遠寺奏が偽者であるということに気づけた人間は、おそらくいなかった。
それはつまり、かなりの精度で『久遠寺奏という人間について向こうが知っている』という可能性を意味する。
「これから会う家族、友人。僕たちの場合は同級生もか。あらゆる人間が、偽者である可能性を考慮して動かなくてはいけない。どこまで僕達周りの人間関係を把握されているかはわからない。でも、常に最悪の状況を考慮して動かなくてはいけない」
今でこそ、六条鳴海が事務所内で戦っているというのが見えている。
しかし、もし取り逃しでもしたら、どこに六条鳴海が潜んでいるのか、わかったものではなくなる。
「あの…華月さんだっけ?ちびっこ所長さんに頑張ってもらうしかないなぁって、あたしは思う」
「その呼び方。本人の前で絶対しないでよ?」
「何はともあれ。今後会う人間については絶対に己の情報をばらさないこと。これはとで悠希たちにも伝えておかないとね。むしろその点に関しては、悠希が一番心配だ」
「あー…だよね。私もそうかな。悠希って、他人疑えないでしょ?」
朝賀悠希という人間は、基本的に他人を疑わない。
初対面の相手だろうと、フレンドリーに接し、敵意や悪意を向けたりしない。
普段のコミュニケーションにおいては間違いなく美点だが、ことこの場においては、むしろ相性最悪とも言える欠点になってしまってた。
「小春ちゃんは樹里ちゃんと相性最悪で、悠希くん?は鳴海くんと相性最悪なんでしょ?なんか、すっごいそっちの人達、意識されてるね」
「たまたまでしょ。高橋樹里の能力も、六条鳴海の能力も、どちらも白川さんや悠希じゃなくても厄介だし、最悪だ」
これまでとは確実に違う、少し異質な相手。
かつて対峙した新島由良とはまた違った種類の強敵に、紬も一哉も戦慄していた。
「…これからあと3時間だけど、どうしよう?あたし、正直ソワソワしちゃって、何も出来ないかも」
「それで考えたんだけど、一つアイデアいいかな?」
「ロクでもないアイデアだったら即刻断るからな」
「今から3時間…いや、病院までの時間を考えると大体2時間半か。
『全て忘れて3人で遊び回る』っていうのはどう?」
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決着はその場の全員が思った以上にあっさりと着いた。
華月を狙っても無意味だと考えた鳴海は、まず一番頭の悪そうな悠希を狙った。
しかし、そのナイフが悠希の身体に届くことはなかった。
「…間に合った!!」
塵のようなものに足を取られ、みっともなく転んでしまったのだ。
その隙に、背後から悠希が羽交い締めにし、動きを封じた。
更にその後ろを振り返れば、背の高い男…坂巻夏生が鳴海の方を睨みつけていたのだ。
「お前が何でオレたちを裏切ったのかは知らない。でも、その理由だけは教えてもらう。鳴海。今からお前を警察の方へと突き出す。いきなり襲撃してきたんだ、状況だけでも証拠は揃ってるだろ」
「今の僕の姿見てみろよ。このまま通報したとしても、名誉が傷つくのは俺じゃなくて久遠寺奏だぜ?」
事務所内には監視カメラが設置してある。もしそれを見せたとしても、襲撃犯は「久遠寺奏」であるとして処理されるだろう。
もしやそれを狙って、わざわざ化けてこちらに襲撃してきたのだろうか。
「流石組織を裏切るだけのことはあるな、他人の名誉を傷つけることに躊躇はないか」
「勿論躊躇はある。その上で目的のために利用させてもらってるだけだ」
そう語る鳴海の口の端は、つり上がり歪んでいた。
「お前たちは僕や樹里の名誉がどうなっても、何とも思わないだろ?それと一緒」
「……『イカロスの翼』に、未練とか、ないのか?」
囁くような小さな声で、夏生は鳴海に質問をした。
「ないね。私の心は最初から、Avalonひとつさ。おっと、言っちゃったかな?じゃあ消さなきゃな!!」
「……っ!うわっ!!!」
鳴海の身体が、ぐにゃぐにゃと音を立てて変化していく。異様な感触に驚いたのか、悠希はそこから手を離してしまった。
変化が終わる。鳴海は、10歳ほどの子供のような姿になっていた。
「ごめん……離しちった」
「拘束なんて意味ないんだよ。残念だったな?」
「そんな曲芸を隠し持っていたとはな。いや、変身能力が使えるならそれくらいは想定しておくべきだったか?」
「後から言っても仕方ない。拘束が無意味なら、せめて無力化を!」
夏生がそう言い終えたかと思うと、もう鳴海の姿は消えていた。
割れた窓ガラスを見つめて、華月は再び指示を出す。
「追うぞ!僕らも飛び降りる!!」




