第63話 招かれざる客
「…まったく。随分と焦った顔をしているではありませんか、久遠寺家の出来損ないさん」
「悪いけど、今はその嫌味にわざわざリアクションしてる暇はない。喧嘩吹っ掛けに来たのが目的なら、悪いけど帰ってもらいます」
珍しく、来客は一人だった。傍に控えてる京太郎も、広夢の姿も見当たらない。
「要件は一つです。『白川小春さんに用があるのですが』」
「白川小春なら、現在入院中ですが」
何だ、そのことは把握していないのかと、紬は少しあざ笑うようにして、奏の方を見る。
「…そうですか。本当に間の悪い方ですね」
「そこに文句を言われても困りますが」
一触即発。ただでさえ下手すれば小春の命が危ないというのに、こんなことをしていいのかと、華月は頭を押さえた。
「ねーねー!ならさ、ツムツムのお姉さんたちも一緒に春ちゃんとこ行かないー?」
「待て。こんな大人数で押しかけても病院側も対応に困る。それに…彼らのことはまだ僕はそこまで信用してないのでな」
「残念ながら同意見。そもそもいきなり高圧的に押しかけてくる奴らに好意的に接する理由がない」
「…はぁ。本当に頼りにならない方々ですね」
奏はなおも高圧的な態度を崩さず、居直り続けていた。
「ねー、何なのあの人たちー?」
「神楽坂署の異能力犯罪対策課の人たち。一言で言うなら…色々と複雑な関係?」
「なーんか仲悪そうだけど、警察の人とそんな風になってたのー?」
紬の曖昧な答えに、優芽はあざとく首を傾げて、更に疑問を返す。
「簡単に言うなら向こうがいちいち会うたびに突っかかってきたり嫌味言ってきたり、事件の最中もたまたま遭遇したと思ったら邪魔してきたり……」
「おまけにあの人、私の姉なんだけど。色々と事情があって折り合い悪くてさ。そういうのもあって、今日はもうそれどころじゃないから帰ってもらおうと思うんだけど」
「いや、君らも大概突っかかってる気がするがな!?」
「オレは仲良くしたいなーって思うぞ!」
邪魔な来客こそ入ったものの、奏さえ追い返してしまえば、自分たちは再び小春の元へと向かえるだろうと。そう確信していた。
「……そもそもな、一つだけ僕は疑問があるんだが」
「えーと、どうしたんですか?」
「そもそも玄関にいるの、『久遠寺奏じゃないだろ』」
「え、えっと。それはどういう……?」
その場の全員の視線が、華月に集中する。その時だった。玄関の方から、ナイフを持った奏が飛び出してきていたのは。
「ほらな!その人物は偽物だ。大方、僕達を抹殺しにでも来たんだろう!?考えが甘いんだよ考え、がっ……!」
華月は身を乗り出し、そのナイフの攻撃を自身の身体で受け止めた。刺さったナイフを抜いてデスクの上に放り出すと、受けた傷はみるみるうちに再生し、無傷の華月が再び襲撃犯を睨みつけていた。
「お前たちさぁ。気づかなかったの?高橋樹里の他に、裏切り者がもう一人いたってことにさぁ!」
奏の顔が歪む。普段から無表情な彼女とはまったく違う、嘲笑を貼り付けたような顔。
それだけで、目の前にいる人物が久遠寺奏ではないと、誰もが確信した。
そして、夏生もまた、その正体に気づいているようだった。
「なるほど、鳴海か。まさかお前も裏切り者だったとはな。いつもと姿が違うのは才能<ギフト>の力か?」
「夏生さ、俺の才能<ギフト>も知らないで、仲間に引き入れたの?だとしたらとんだお人よしだよ?樹里は最初から僕の才能<ギフト>を知ってた。だって、最初から私の仲間だったんだから。ボクのこと何も知らないで、仲間だと思ってたの?」
まくし立てるように話す鳴海の様子に、全員が異様なものを覚えていた。
何よりも、違和感が強いのはその口調だ。話すたびに声のトーンや一人称が何度も変わるせいで、まるで一人と話しているとは思えないような、そんな奇妙な錯覚に襲われる。
「…今はそんなことどうだっていい。オレたちは誰を引き入れようが自由だって、結成した時からそう決めてた!」
「だったらさ、いつも知ってる『六条鳴海』って名前と顔が、本物じゃないとしたらどうする?」
「お、お前まさか……!」
「そう、『六条鳴海』なんて人物は最初から存在しない。本当の俺の姿はもう自分だって忘れた。
いわばどこにも存在しない、名無しの権兵衛。それが僕の正体だよ!」
「……はぁ。厄介なやつらに僕たちも付きまとわれてしまったな。紬。まずは病院の方に連絡頼めるか?」
「…あの、これから何を!?」
目をぱちくりとさせる紬に対し、華月は続けて指示を出す。
「この六条鳴海とかいうやつは僕が何とかする。こいつに僕を殺すことは出来ない!僕は吸血鬼<ヴァンパイア>だからな……!それに小春のことを一番よく見ているのは君だ。だったら君が病院に行くのが適任だろう!」
「……はい!」
そのまま、紬は踵を返し、事務所を出る。
「他の5人も早い所病院の方へと向かって…くれ!。小春だって!きっと病室で君たちに会いたいと思っているはずだ!」
なおもナイフで切りつけようとしてくる鳴海をいなしながら、華月は檄を飛ばした。
「ちょっと待って!だったらオレも残る!この事務所で戦えるのって言ったらオレだし……それに華月さんだけじゃちょっと心配だ!」
「だったらオレも!元よりこうなったのはオレの責任もある!それにオレの力なら、ちょっとくらい援護は出来る!」
「君たち…ほんとにいいのか?言っておくが、多分病院にいた方が安全だぞ…?」
そう答える華月の顔には、確かに冷や汗が浮かんでいた。いくら相手に殺されないとはいえ、それでも完全に安全なわけではない。
「だったら…あたしも!」
「悪いけど、悠希だけ残らせてたら何が起こるかわかんないから……!」
続けて、優芽と一哉も立ち上がる。彼らだって、夏生や悠希を放っておくわけにはいかないのだろう。
「ツムツム一人だけじゃ危ない!それに、カズ戦うの苦手じゃん!こういう時くらいカッコつけさせてよ!」
「悪い優芽。君は小春のところに行ってくれ。悪いけど君の力でどうにかなると思えない。それに小春は大切な幼馴染なんだろ?だったら、君だって逢いたいはずだ」
だが、2人に対して突きつけられた答えはノーだった。
「……っ、不謹慎だけど、これが今生の別れじゃないことを祈るよ」
「ほんっと、夏生くんってば、こういう時ほんとカッコつけたがるよねー。…でも、小春ちゃんには会いたいから。信じて待つよ、夏生くん」
そのまま2人は、紬についていくようにして、事務所を後にしていった。
「いいのか?こいつら放っておいて。無言の再会しちゃうかもよ?」
「言っておくけどオレは強いからね!絶対!負けないからな!!」
「勿論責任は生きて取る。たとえ自由だからって、死んで自由になるなんてことは、『イカロスの翼』として認めない!」
狭い事務所内を舞台とした戦いの火ぶたが、今切って落とされた。




