第62話 対策会議
「というわけだ。狭苦しい事務所だが、我慢してくれたまえ」
「はぁ……わざわざ、ありがとうございます」
「近くで見るとほんとにちっちゃいですねぇ~所長さーん」
「おい優芽。そういうこと言うな、失礼だぞ」
「別に構わんよ。それくらい言われ慣れてる。変に気を遣われる方が僕は好みじゃない」
『CRONUS』の事務所。そこに、坂巻夏生と藍原優芽の2人は、足を踏み入れていた。
言われた通りに狭い事務所だが、掃除はそれなりに行き届いており、客を出迎えるための準備も整っていた。
「今日集まってもらったのは他でもない。『対策会議』だ」
「ですよね……。樹里さんの能力、小春でも一切対処の出来ない『必中の銃弾』の能力」
華月たち『CRONUS』の面々は、改めて小春の未来予知に自分たちが頼り切りだったことを、強く痛感していた。
そんな彼らの前に、現れたのだ。『絶対に小春では勝てない能力を持った相手」が。
「あたしも樹里ちゃんの能力についてはあんまり詳しいこと知らないんだけどぉ、夏生くんは何か知らな~い?」
「オレも残念ながら、詳細までは聞いてない。何なら、あそこまで凄まじい力だったとまでは聞いてないんだ。今思えば、その時点で疑うべきだったかもな……」
「能力を伏せてるから怪しいと疑う、っていうのも変だけどね。後からそうするべきだった、なんて言い出しても、いくらでも出てくる」
「そのくらいわかってる…!正直、全く力になれなさそうだ。オレは、弱い……!」
頭を抱えてうずくまる夏生に、「CRONUS」にいた全員の視線が集中していた。
「まーでも、3人いればナントカって言うだろ?だったらさ、6人いたらもっとすごい知恵が出るんじゃねー?」
「お前のはノーカウントだから5人で」
「ちょっとカズぅ!?」
「…まあ、悠希の動物的勘は、案外宛てになることもある。それに、彼くらい柔軟に物事を見るやつも必要だ。だからこそ僕は採用したんだしな。さて、坂巻くん。凹む気持ちもわかるが、君の力は大事だ。何せ、僕たちは高橋樹里という人物について何も知らない。彼女を一番よく知る君だからこそ、我々にはわからないことを知っている可能性も高い。僕はそれに期待したい」
「近くでいておいて、裏切りにすら気づけなかった俺に…ですか?」
「それは単なる結果論だ。それに灯台下暗しという言葉もある。近くにいたからこそ気づけなかったのだとしたら、それは君の責任じゃない」
「どっちでもいいけどぉ。とりあえず、樹里ちゃんのあの力、何で小春ちゃんは避けられなかったんだろう?」
「小春の反応が遅れたように、私には見えたかな。…あくまで、自分の視点では、って話だけど」
紬は銃声が聞こえた時点で、小春の方へと視線を落としていた。あの時確かに、小春は避けようと動いていた。
「なるほど。つまり予知そのものは成功していただろうと?」
「はい。…と言っても、今となってはそれも小春に聞かないと正確な所はわからないですけど」
だから、『そもそも予知すら出来ない』攻撃ではない、と紬は推測したのだ。
「何か防御できる手段があればどうにかなるか……」
「それなら、オレの力。砂を操れるんだ。それで咄嗟に防御してしまえば……」
「でもでもー。夏生くんので間に合うの~?夏生くんのって、だいぶ出るの、遅かったよね~?」
「そうなんだよ……それが問題だ。それに銃弾の勢いが強すぎて、ガードが足りなきゃ意味がない」
「…いや、それでもいいと思うぞ。勢いを殺してしまえばいい。おそらく、小春に当たった銃弾はすさまじい速度で命中している。だからこそ、彼女の傷は深かった。…と推測するが、どうだろうか」
小春が銃弾によって負った傷は、神経にまで到達していた。医者の話によれば、最悪下半身が二度と動けなくなったかもしれないと。
「恐ろしいのがさ、あれでも銃弾は急所を外していたんだよ。もし本気で殺すつもりで撃ったなら、頭を狙った方が確実だ。頭じゃなくても…たとえば心臓とか。いずれにせよ、脇腹っていうのは殺す気があったとは思えない」
「…カズ?それってさ。もしかして相手は本気じゃなかったってこと?」
冷静に分析する一哉に対し、悠希が口を挟む。
「正確に当てる自信がなかったか、あるいはそれ以外にも殺してはいけない事情があったか。そういえば、最後にあの人、なんて言ってた?」
「ん~?オレならそれ、覚えてるよー!」
「…その、彼。失礼ですが、そういう物覚えが良いようには見えないんですが」
「悠希はこういう時の直感は冴えている。いつもこういう大事なことは、案外正確に覚えているものだ」
「『それじゃ、次に会う時は君の能力を貰う時だから。それまでせいぜい残った時間で、良い夢見てなよ』って言ってた!」
「おそらくそれで合ってる。だとしたら、本当に小春自身を殺すつもりはなかったんだ」
頭の中で何度も、彼らは樹里の最後の言葉を反芻した。それこそが、もしかしたら彼らの目的に繋がるかもしれない、数少ない言葉なのだった。
「あの~。もうちょっと大事なこと、言ってた気がするんだけどぉ……」
「藍原クン。どうした?」
「『それに、欲しいのはその「目」だけだ。何なら、『それ』目玉だけくり抜いて返してもいいけど?』」
優芽が繰り返した樹里の言葉に、6人は目を剥く。
「どこかで聞いたことがある。才能<ギフト>は、本人それそのものに宿るのではなく、身体のパーツに宿ることもあるのだと」
「一哉、それは本当なの?」
「たとえば華月さんの能力なら、身体全体が伝承の吸血鬼のように、老けない、再生する、身体能力が上がる。そんな恩恵を受ける。
でもさ、久遠寺さんのケースなら、久遠寺さんが電気を出せるのは指先からだけだ、そうだよね?」
「うん。そうだけど……。正確に言うなら右手の人差し指だけだね」
「たとえば。たとえばだ。仮に事故か何かでその右手の人差し指を失えば、久遠寺さんはその力を失うんじゃないか?」
「つまり一哉の推論じゃ、奴らは小春自身はどうなってもいい?その『目』の力だけが欲しい。…そう言いたいわけだよね?」
「そういうことになる」
「…おい待て。ということは、今無防備になっている小春が、一番危ない状態じゃないか!」
小春は今もおそらく集中治療室で眠っている。そして、そんな状態ということは……。
「君たち、急ぐぞ!!」
そう、華月が立ち上がろうとしたときだった。
事務所のインターフォンが、この切迫した状況には似合わない音を出す。
「まったく……今は来客に対応する余裕などないのだが……、紬、出てくれ!」
「はい!!」
「すみません、来客でしょうか?あいにく今は忙しく……」
「…まったく。随分と焦った顔をしているではありませんか、久遠寺家の出来損ないさん」
紬にとっては、今はあまり見たくない顔が、ドアの前で待機していた。




