第51話 『翼』
その日はよく眠れなかった。
華月から提示された可能性。自分の感情が、才能<ギフト>によって操作されているかもしれない、藍原優芽は、自分に対して『何か』してきたのかもしれない。
どうしてもその可能性を否定したかった。しかし、否定出来る理屈がなくて、結局あの場では何も言えなかった。
自分たちを見守る華月のまるで母親のように慈愛に満ちた表情から、小春は何か、有無を言わさない圧のようなものを感じてしまっていた。
「ふぁっ……んん……」
自分の家の布団で寝たはずなのに、全く落ち着かず、小春の頭の中はほぼ眠気で支配されてしまっていた。
改めて、藍原優芽……当時は笹山優芽と名乗っていた女の子のことを、思い出そうとする。
当時小学校だった小春は、持ち前の不幸体質のせいで周囲から避けられていた、ということは覚えている。
子供の目線というのは随分と残酷なもので、まだ幼かった小春にも、自分が『避けられている』という感覚だけは、理解出来たものだったのだ。
そんな中で、少しだけ会話をした記憶がよみがえる。
まだ、未来視の力にもほぼ目覚めず、たまにしか未来視が発現しなかった小春と、当時はまだ才能<ギフト>を使えなかった優芽。
周囲は色んな才能<ギフト>を使いこなしつつある中で、同じ悩みを抱えていた2人は、すぐに打ち解けた。
だが、ある日。優芽は家の都合で小学校を去っていってしまったのだ。
もう会うことはないだろうと思っていた彼女との再会に、心を躍らせたい小春だったが、状況がそうはさせてくれなかった。
「……眠そうだね、小春」
「うん……あんまり眠れなくって」
目の下に濃い隈を作り、顔も何だか疲れ切っている小春に対し、紬は一見いつも通りだった。
だが、紬の方も少し動揺しているのか、あるいは気が重いのか、足取りが少しだけ妙だった。
「あの…もしかして紬さんもちょっと不安だったり?」
「……あっ、そうかぁ。やっぱり、小春は気づいちゃうよね」
「ダメでした…?」
「別に…ただ、小春の前ではもうちょっと完璧な自分を見せたいのに、なんかいっつも空回りばっかりだなぁ、って思って」
そう語る紬の背中からは、気恥ずかしさだけではない何かを感じ取れるような気がした。けれど、それがわかるはずもないので、小春はそれを気のせいだと思うことにした。
「私だっていっつも慌てたり、勝手に突っ走っちゃったりして…私から見たら、紬さんはすっごくカッコよくて、素敵だと思う」
「そう、嬉しい。ありがと。やっぱり私、本当にそうなれてるかわからないけど、そう思われたいからさ。そう思ってくれてるなら、すっごく嬉しい」
紬の微笑みに、また小春は顔全体が熱くなるのを感じた。どうも優芽と出会ったあの時から、心を乱されっぱなしで落ち着く暇がない。
「…小春?顔赤いよ?」
「そ、その……やっぱり紬さんって、すごく……」
その先を口に出すことは、出来なかった。
「さて、ここか」
優芽から示された場所は、「明花大学」という大学の研究室の一室だった。高校に通っていない小春は進路として意識したことはなかったので、大学に足を運ぶのは初めてだった。
「明花かぁ……。結構いいところなんだね。…ところで、優芽さんって小春と同い年…なんだよね?」
「うん…なんか、ここの大学に通ってる人が研究室を貸してくれてる、って言ってたよ」
「もうそんなことまで聞いてたんだ…。なるほど、これはちょっと楽しみかもなぁ」
「楽しみ?」
「ああ、私ここの受験落ちたから」
「そ、そうなんだ……なんか、ごめん……」
ロビーにあった地図を見て紬が先導しながら、問題の研究室まで2人は向かう。
研究室の前までつくと、もう既に優芽が待機していた。
「小春ちゃ~~~ん!待ってたよ~~~~!」
「わわっ……!!」
まだ他に学生と思われる人たちが歩いているというのに、人目も憚らず優芽は小春に抱き着いてきた。
「あれ?なんか眠そうだよね?もしかしてあたしに会いたくて眠れなかった?あたしもそうなの~~!今はメイクでごまかしてるけどぉ、起きたらすっごい隈濃くて~~~!」
返事をする間すらもなく、次々と言葉の機関銃を浴びせてくる優芽の様子に小春はただただ顔を赤くして困惑していた。何より、身体から放たれる妙に甘い匂いに、酩酊したように頭がくらくらとしてきているのだ。
そんな小春と優芽を、紬は不自然に貼り付いたような笑顔で見降ろしていた。
「あれ~?お姉さんもしかして小春ちゃんのお友達~?」
「はい。そうですが、藍原優芽さんっていうのは、あなたで間違いありませんか?」
妙に抑揚のない返答。あまりのその声の冷たさに、酩酊しかかっていた小春は一瞬で目が覚めた。
「あ、あの……紬さん…どうしたの……?」
「うんうん、そうだよ~?そんな怖い顔であたしの方見ないでよ~。小春ちゃんだって怖がってるよ~?」
「ごめんね小春 怖がらせたつもりはないの でも藍原さん?少しだけ小春から離れてくれないかな?」
「も~~お姉さんってばめんどくさーい。だいたいー、お姉さん小春ちゃんの何なんですかぁ?ただのお友達ですよねぇ?」
「そちらの方こそ随分とベタベタしてるみたいだけど もしかして昔からこういう距離感の子だったのかな?ねえ小春 それはどうなの?」
「小春ちゃんの方こそはっきりしてくださ~い」
一触即発の空気から、不意に自分に矛先が向いて、小春は思わずどうしたらいいのかわからなくなる。こういう経験は初めてだが、未来視は何も教えてはくれなかった。
「え、えっとあの…優芽ちゃんは昔のお友達で、でも紬さんは私にとっての憧れの人で大切な人で…で、でも優芽ちゃんも大切な人で……」
優芽と紬、2人の目線がどんどん厳しくなっているのを見て、小春は思わず逃げ出したい気分になってしまっていた。
「大体~、小春ちゃんがはっきりしないのが悪いと思いま~す。そもそも、ちょっと会ってなかっただけなのにすぐ新しい子と仲良くなっちゃって~まったく小春ちゃんってば」
わざとらしく頬を膨らませながら抗議をする優芽に、何者かの制止が入った。
「はーいそこまで。修羅場ってるのもいいけど、そろそろ本題に入らないとね!」
小春がそれを見て顔を上げると、自分たちよりも少し年上であろう、中性的な顔立ちの長身の女性が、にっと歯を見せて笑っていた。
「君が優芽に誘われた子かな?ようこそ、『イカロスの翼』へ。私達は翼が欲しい人たちを歓迎するよ!」




