第50話 滅茶苦茶な感情
「いや、どう見ても詐欺か何かだろ」
「CRONUS」職場。改めて連絡をしてから優芽の元へと向かおうとしていた小春は、職員たちや華月に相談を切り出していた。
…が、華月からの答えはといえばこれで。
「ごめん小春、私もそれめちゃくちゃ怪しいと思う」
紬も少し申し訳なさそうな表情で、同じような答えを返した。
「それに何より風体が怪しい。小春から伝えられたそれ、なんか絶対怪しい人だよ。それに道中で抱き着いてくるとかちょっとどうかと思う。いくら幼馴染だからってそれはない。うんそれは絶対」
「途中から早口だったけど何?」
「一哉うるさい。とにかく、行くかどうかは慎重に考えた方がいいと思う。いくら昔の友達だからって、何年も会ってないなら本当にどうなってるかわからないんだからね」
一哉の茶々入れを軽くあしらいつつ、少なくとも紬と華月は良く思っていないだろうということで、彼女はかなり迷い始めた。
だが、優芽のことを思い出すと、どうにも彼女に会いたいというような衝動が、心の中を追いつくしてしまう。
それはまるで、最近紬に抱いていた感情のような……。
「小春?なんかぼーっとしてるけど大丈夫?」
「へっ!?大丈夫大丈夫。ただ、何だか無性にあの子に会いたいみたいな、そんな気持ちになっちゃってて……」
実際は全く大丈夫ではなかった。
何せ、自分のことを心配して見つめている紬の顔を見ていて、またも顔が赤くなってしまっていたのだから。
紬のことを考えていても胸の鼓動が早くなる。優芽のことを考えていても胸の鼓動が早くなる。何かあるたびに目まぐるしく変化してしまう小春の感情は、もうグチャグチャになってしまっていた。
「白川さんさ、どう見ても様子おかしいよね」
「ん?そうかー?いつも通りの春ちゃんだと思うけど」
「バカ。これのどこが『いつも通り』なんだよ。明らかに何かバグってんじゃん。それに、その藍原優芽さんって人のこと話してる時の白川さんさ、なんか妙に嬉しそうだったんだよ」
一哉はその小春の様子に、どうやら疑問を抱いているようだった。
「うーん…。いつも通りなようにはしてるんだけど……。どうも優芽ちゃんに会ってから何かおかしくて……」
実際どうも妙なことになっているというような感覚だけは、小春にもあった。何せ、今朝見た夢は優芽と仲睦まじく日常を過ごす光景だったのだ。
自分は小学生時代に戻っていたのに、優芽は今の年齢のまま、自分と仲良く過ごしていたという、よくわからない夢だった。
「とりあえず単刀直入に言うが、もしかして才能<ギフト>で何かされなかったか?」
どちらかといえば考えたくない可能性だったが、今の自分の正体不明の感情は、そういった可能性もあるのだろうか。小春はますます自分の感情がわからなくなってしまった。
「いやぁ、彼女の反応を見て僕は一つの可能性に辿り着いてしまってね。小春、藍原優芽がどういう才能<ギフト>を持つ人物だったのか、覚えているか?」
「えっと…そういうことは聞いてなかったなぁ。その時小学校だったし、もしかしたら才能<ギフト>が目立つ形で出てなかったのかも…。力になれなくてすみません」
通常、才能<ギフト>は個人差こそあるが、5歳から12歳までの間にはっきりわかる形で発現する。稀にそれよりも早く、あるいは遅く発現する場合もあるが、もしかしたら優芽もそういった体質だったのだろうか。
「いや、わからないならわからないでいいんだ。実際、自分の能力があまりに危険、あるいは他者を脅かしかねないものだったとしたら、才能<ギフト>を持っていないふりをして隠すやつもいるからな」
「そういえば、うちの家でも使ったら悪用されるからって、能力隠してた人がいました。結局…どんな力持ってたのか私も知らないんですけど…」
「紬の周りでもいるのか。なら、珍しい話じゃないだろう。まあ、簡単に僕の推測を話すとだな。小春、君もしかしてその藍原優芽とかいう子に『恋愛感情を植え付けられてないか』?」
「待って待って待って!でも春ちゃん女の子だよね?その優芽?って子も、女の子、だよね…?」
「別に同性同士で恋愛感情が発生することくらいよくあるさ。あくまで『発生しにくい』というだけの話でな。同性同士に恋愛感情が起きないなんてのは50年以上前の価値観だ。そもそも恋愛感情でない可能性もある」
「つまり…何かの目的で優芽ちゃんが私に近づいて、そういう感情を植え付けて、勧誘したっていう可能性、ですか…?」
小春は、胸が締め付けられるような気分だった。何せ、自分の今抱いている感情は才能<ギフト>によって植え付けられた偽物の感情であり、優芽が何かの目的で作ったものに過ぎないかもしれない、という事実があったのだ。
「申し訳ないが、そういう可能性も考えておいてくれ。くれぐれも、自分の感情に振り回されないようにな」
思えば、自分は結構感情に振り回される人間だな、と小春は思う。
何か突き動かされるようなものがあれば、すぐ突っ走って行ってしまう。そして、誰かに注意されても、走っていくのを止められないのだ。
だからこそ、今の華月の注意すらも、どうも深く刺さってしまった。
「多分。小春はまたその優芽って子に会いたいって気持ち、あるんだと思います」
「まあ、さっきは止めたが自分の感情としっかり向き合った結果なら、それも一つの選択ではあるな?」
「なら、私にも行かせてください。小春の方も、友達連れてくるね、って言うなら。向こうもOKしてくれる…よね?」
「バカ正直に言ったらダメだね。たとえば、『友達の子に話したら興味持ってくれたので、その子も一緒に言っていいか』みたいな感じで返せば?」
「一哉のそれ、一見いいアイデアだと思うがな。小春がすごい口軽い子みたいにならないか?」
「実際そんなもんでしょ」
「私、そんな口軽そうな子に見える……!?」
「いや、どっちにしろ別れるつもりがあるならさ、そんな気使わなくてよくない?」
言われてみれば確かに正論であった。
「……うん。そうしてみるね、いいかな?」
「ありがと。一哉もアドバイスありがとね」
「別に、そんな感謝されるようなことはしてない」
「相変わらずカズってば素直じゃねーなー」
いつものようなやり取りに、沸騰するようなよくわからない感情は、少し凪いでいた。
「…ところで。紬のやつ、つかぬことを聞くが」
「な、何でしょうか」
「もしかして君、ちょっと優芽に小春が取られるんじゃないかとか焦ってたりは」
紬の顔が突如、沸騰したように真っ赤になる。
「何でそんなわざわざ揶揄ってくるんですか!?」
「はっはっは。まあいい、僕にとっても小春は大事な所員だ。いい感じに断ってきてくれたまえ」
そう見守る華月の目線は、まるで母親のように温かった。




