第43話 焦燥と危機
相良広夢は焦っていた。
何せ、先ほどから送っている白川小春への連絡に、まるっきり返事がないのだ。
「あいつら…あの女と交戦したりなんかしてないだろうなぁ?見るからにヤバいやつだったのに、わざわざ挑んだりなんかしてないだろうな……!」
これまで見てきた様子を見るに、白川小春はわざと他人への連絡を怠るような人物だとは思えない。
それは要するに、彼女が連絡の出来る状態ではない、ということを意味する。
化粧もしておらず、髪もまとまりきっていない不格好な状態で、出来るだけ他人に見られないよう隠れながら、広夢は走り出した。
「もう諦めたらどうかしら?貴方達?」
「嫌だ…!オレは諦めない!だって春ちゃんのお父さんとお母さん……お前が、お前が仇なんだろっ!」
火傷で手にも足にも力が入らない、本来なら立っていることすら出来ないような状態で、それでも悠希は由良へと立ちふさがっていた。
「も、もうやめてよ悠希くん…それ以上やったら…ほんとに死んじゃう……!」
そう止めようとする小春も、両腕が燃やされてほとんど使い物にならず、立ち上がることも出来ずに横たわっている。
一哉に至っては、完全に意識を失って倒れ込んでいる始末だ。
かつて見た予知とは違う状況だったが、違う状況なことに代わりはなかった。
「それにしてもここまで諦めないなんて感心しちゃう。あなた、可愛い顔してる割に根性あるのね?それとも才能<ギフト>のおかげかしら?」
「両方!オレ、才能<ギフト>のおかげで力強いから!だから春ちゃんも安心してほしい!オレこのくらいじゃ倒れないから!」
ほとんど空元気なことは、もう小春の目には明らかだった。銃を握ることすら出来ない今の両腕が恨めしい。立ち上がれない両足が恨めしい。
しかも、由良はどういうわけなのか、3人を殺そうともせず、わざとじわじわと痛めつけるような方法で、攻撃をしてきているのだ。
実際、その気になればこんな死に体の3人など、一瞬で燃やし尽くして灰に出来てしまえるのだろう。
何故それをしないのか、理由は小春にも、勿論悠希にもわからなかったが、それがより強い絶望となって、小春の身にのしかかる。
手加減をされている。
目の前に対峙する女性が、まるで雲の上に立つ存在のようにすら感じる。
一体小春は今どこで何をしているのだろう。
連絡を掛けようとするが、繋がらない。その事実に、ますます紬の顔色は焦燥に染まっていく。
「何かあったことは確定だな。とにかく、いそうな所に急ぐぞ」
「いそうな所と言われても…こういう時は手分けして探そう。見つかったらすぐ連絡する!」
「おい待て、こういう状況の時に単独行動は……!」
華月が制止しようとするが、紬の姿はすっかり見えなくなってしまっていた。
「…あの子、奏さんに似て随分と脚早いんですねぇ」
「そんなこと言ってる場合じゃないぞ!とにかくとっとと急げ!」
2人は紬を追いかけるように、駆け出す。
先ほどは駆けだしてしまったが、無理に走るのは体力を無駄に消耗する。それに、この炎天下の気温は確実に体力を奪う。
走るという動作を歩く方へと切り替えて、紬はあたりを見て回ることにした。
見渡す限りの住宅街、歩けど歩けど変わらない景色の中で、紬は一人の人影を見つける。
スカートを穿いてはいるものの、その容貌は明らかに男性のそれで、少しだけ違和感を覚える。
こういった目立つ人物が、近所にいただろうか……?
「ああ、紬ちゃん?今何してんの?」
男が自分の方へと話しかけてくる。少し驚きはするものの、聞き覚えのある声に口調。間違いない。
「…相良さんですか。一体何がどうなってそんなことに?というか相良さんも1人では?」
「事情としては色々とあったんだけどね。立ち話もなんだし、オレも急いでるから簡潔に済ませるよ」
「なるほど…。それで今は小春たちを探していると」
「連絡取れない状況だから、何かあったのは確実なんだけどねぇ。一応デバイスの方で連絡できる状態になったら何でも伝えてくれってメッセージは入れてるんだけど」
「音沙汰無し、それで急いで駆けてきたと……」
そう話している間も、2人は足を止めることをやめない。もし、足を止めてしまったら、それこそ小春たちがもっと危ない事態になるかもしれない。そんな考えが、2人の足を強引にでも進ませていた。
「そ。それにしてもオレの才能<ギフト>って不便だよねー。つーかいつもの恰好で交渉したら失礼かなって思ってわざわざ着替えてきたんだけど、こんなことになるなんて思わなかったよ」
「過ぎたことを言ってしまってもしょうがないかと。後ろを振り返る暇があったら進みましょう」
「おっ、良いこと言うねー紬ちゃん」
「茶化さないでください」
歩き続ける2人の前に、1人の人物が姿を現す。
「…あら、あらあら?そこのお2人。ちょっと私とお茶でもしないかしら?」
そう話しかけたその人物の姿は、新島華月と似ていた。
「くっそあの2人め…どこに行きやがった……!」
「全く予想がつきませんね。というかこういう時に独断専行する所まで姉そっくりだ。元々いがみ合ってたのも、同族嫌悪なんじゃないです?」
「今は奏さんの話はいい。とにかく紬を探せ。気になるのはわかるがな」
「えっ、何か変な勘違いしてます?」
「そういう話が要らん!!!!」
余計な食い下がりをしそうだったので、華月は中川を強引に止めた。今は雑談などしている余裕はないのだ。
中川の言説が正しいのであれば、また小春は何かとんでもないものを引き付けている可能性がある。
だとするならば、尚更放っておくことはできない。
そしてそれが、華月の心をより焦らせてしまっていた。
「…痛っ」
前方に注意をする余裕すらなくなっていたか、華月は何者かにぶつかってしまった。
「いやいや、すまないね、お嬢さん」
華月が見上げれば、そこにいたのはやけに顔の整った、ウェーブのかかった髪が特徴の青年だった。歳はおそらく20代の半ばだろうか、随分と背も高い。
「すまない。今僕は急いでいるところで……!」
青年と目が合う。もしかすれば、この男にならば、今どこかにいる小春の目撃情報でも、聞けるのではないかと思った。
しかし、その願いは一瞬にして打ち砕かれた。
「…は?」
華月の身体が、袈裟斬りにされ鮮血を噴き出し、その場に倒れ込む。
「お前、由良さんの何なんだ?由良さんそっくりの顔しやがって」
男は恨みをこめた目つきで、倒れ込んだ華月の方を睨みつけていた。




