第16話 いずれ訪れる破滅
「わざわざ歪みあってんの、馬鹿らしくねぇ?って思うんだよね」
一瞬にして、その場の空気が凍り付く。
その声色には、まるで"嘲笑"のようなトーンがあった。全員の視線が、広夢の方へと集中する。
特に動揺を表に出しているのが紬だった。
目の前のこの青年は、下手をすれば自分たちのずっと何年も前から続いているような確執まで、「馬鹿らしい」と一笑に付してきているのだ。
意図が読めない。
きっと、その言葉には言外の何かまで含まれている。
しかし、紬はそれを読み取ることが出来ず、ただただ狼狽するしかなかった。
「…あれ?あれ?皆どうしたん?」
沈黙の中、口を開いたのは悠希だった。また何も理解していないのかと、近くにいた一哉が呆れの視線を向けるが、それでもなお悠希は続ける。
「うーん、なんつーか。広夢さんの言うこともオレはわかるんだよな。少なくとも、オレは皆で協力して事にあたればいいって、ずっとそう思ってるし!」
「悠希」
遂に一哉が口を挟んだ。
「これ、ケンカ売られてるんだよ。自分たちはそんなことわかってますけど、お前らはわかってませんよね?って言おうとしてる。そうだよね?」
「…君、ひねくれすぎだって。そういう風に他人の言葉を悪く受け取るから、不要な喧嘩売られるんでしょ?」
「そっちの方こそ中川さんといいアンタといい喧嘩腰が過ぎるよ。ハナから交渉する気なんてなかったか…それとも」
「最初から僕たちのこと舐めた上からの交渉する気しかなかったんでしょ?」
「…一哉。それは……!」
あまりの空気に耐えられず、紬が思わず制止に入る。
「相手は明らかに足もとを見てる。そういう相手にはそれ相応の態度で行かないとずっと足もと見られるよ。現に悠希は理解してないみたいだけどさ」
「いや、これそういう話なの!?っていうかオレはただこういう喧嘩するのが嫌なだけで……」
「いい加減にしてくださいっ!!!!!」
事務所内に、大声が響く。最初、その場にいる者達はそれが誰によるものなのかがわからなかった。そこまで大声で叫ぶようなイメージがなかったのだ。
広夢に集中していた視線は、叫び声の主。
そう、白川小春に集中していたのだ。
「喧嘩売ってるとか足もと見られてるとか、そういうことを勝手に各々解釈しないでください!そもそも協力するために来たんですよね!?だったら何でそんなわざわざ煽るようなこと言うんですか!?バカなんですか!?皆さんもうちょっと考えて物言ってくださいよ!!!!」
ふーふーと肩で息をしてから、立ち上がっていた小春はそのまま席に着く。
妙に精神が高揚していたからなのか、心臓の鼓動が収まらない。着席するまでの時間も、まるで何倍にも引き伸ばされたかのように感じた。
「…まったく。バカはどっちだよ」
一哉がそのまま、天を仰ぐ。突然の小春の叫びに、これまで何故歪みあってたのか、その理由すらも曖昧になってしまい、すべてが有耶無耶になってしまった。
「……でも。ここで小春がちゃんと言わなきゃ、余計歪み合いが加速してたと思う。だから、小春には感謝すべき、かな」
「何が感謝すべきだ。結局言っていることは理想に過ぎないんだ。そもそも僕らに協力なんて……」
「正しさだけでものを考えるのであれば、小春クンの行動は無謀、軽率と言わざるを得ないね」
「…だろう?華月さん、ちょっとくらいはあいつに注意してやった方がいいと思う」
「だが、紬のそれも確かに正しい。そもそも誰が正しいだ悪いだっていう次元で物を考えるような状況じゃないんだ」
一哉を諭すように、華月がそのまま続ける。
「小春クン。このままいけば全員死んでしまう。これは本当なんだろう?」
「……はい」
「信じられないかもしれませんが、私はそういう予知をする才能<ギフト>を持っています。その予知に、私達「KRONUS」の面々が全員死んでしまう、と出ていました」
小春に対し、いぶかしげな目線が送られる。
「へー、未来予知ですか。前に会った時も結構意味深なこと言ってましたが、なるほど。それがあなたの才能<ギフト>だったわけですね」
「白川さんだっけ?正直、君みたいな頼りない人がこんな探偵事務所に雇われているっていうのは意外で仕方なかったよ。てっきり、お茶くみ係か何かだと思ってた」
「そんな風習は僕の生まれる前にとっくに無くなってる。…って。そこはどっちでもいいんだ。僕は君の才能<ギフト>を高く買っている。君ならいずれこの探偵事務所にいずれ訪れるであろう破滅を回避できるかもしれない、とね」
「待ってください!?何ですかその話!?」
「そう興奮するなよ一哉。先日、僕らの事務所にこのような手紙が届いていてね。まあ、あまりに気持ち悪かったものだから僕からは共有しなかったがね」
そのまま、華月は便せんを1枚、机の上に広げる。
そもそも、手紙なんていう風習をわざわざ使うという時点で妙な話ではある。今ではデバイスや携帯電話でいくらでもメッセージのやり取りができる。手紙なんて、前時代どころの騒ぎではない。華月の世代ですら、使う人間はほとんどいないようなものだ。
その便箋には、真っ赤な文字でこう書かれていた。
『KRONUSの翼はいずれ堕ち、破滅が訪れるだろう。
君たちの生という名の罪を、清算する日が来る』
宛名も、出した人間の住所もわからない謎の手紙。
「これが例の殺人鬼と関係があるかはわからない。だが、「生」と「罪」。無関係とは思えないだろう?」
「はっきり言って不気味だし、単なるいたずらとしか思えないね。…例の血文字がなければ」
「一哉君って言ったっけっか。君とは気が合うみたいだ。どうも俺も同じように考えてる。ここはどう?協力したい気分になったんじゃない?」
「僕としては協力体制とやらに全く異論はない。ただ」
華月の顔が険しくなる。
「あくまでも同盟というような形でだ。君たちの指示や命令を聞く気はないし、無理やり同時に行動させようとも思わない。情報を少しでも手に入れたらすぐに共有する。これでいいか?」
「いいですよ。もとよりそこまでさせる気はこちらにはありませんから」
「…はぁ。何とかなった、のかなぁ?」
「さっきの小春クンのあれ、すごく助かったぞ。あれで話の流れ、変えてくれたからな。ありがとう」
小春としては、あくまでもあの空気が我慢ならず、叫ばずにいられなかっただけだ。
だが、そうやって感謝の気持ちを告げられるの自体は、なんだか、悪い気はしなかった。