第14話 返ってこない返事
「ただいま」
まだ明るさが残る時刻、小春は家に戻った。挨拶をするも、返事はない。
右腕のデバイスで確認をすれば、時刻は18時だった。帰りにコンビニで買ってきたサラダと惣菜を机に並べてから、小春はある場所へと向かう。
それは、亡くなった父親と母親の写真が飾られた仏壇だ。
小春の両親は、10年前の2086年、彼女が6歳の時に亡くなった。
死因は聞かされていない。ただ、学校から家に帰った時に、警察から届いた電話から訃報を知った。その時のことを、彼女は未だに覚えている。
仏壇に飾られた二人の写真は、未だに歳をとることはない。生きていれば、もう少し髪が薄くなっていただろうか、顔の皴が増えていただろうか。
そんなことを思っていても、実際に両親の時間が重なることはもう、ないのだ。
手を合わせた後。小春は夕食の準備へと取り掛かる。と言っても、買ってきた鶏のから揚げをそのまま更によそうだけだ。
料理が苦手な彼女は、日々の食事もこうやって買ってきて用意する以外に手段がない。
物価高の影響でより生活にも影響が出そうだが、実際に料理が出来ないのだからこれはどうにもならないことだったのだ。
弱弱しい電灯の明かりに照らされながら食べる食事は、どうにもあまり楽しい時間とは言えなかった。
もし、ここに父と母がいればどんなに楽しかっただろうかと、考えたこともある。
だが、あれから10年も経ってしまえば、最早一人で食べる食事こそが当たり前で。
誰かと食事をするということすら、小春にとって最早それが発想にないようなことにまでなっていた。
食べ終わった食器を片付ける。皿を洗いながら、先刻の予知について思いを馳せる。
一体、どうすればあの惨劇を"止められる"だろうかと。
あくまでこれまで彼女が見た予知は、せいぜい道で転んで怪我を負うだとか、物が盗まれるだとか、そういった小さな不幸だらけだった。
だが、ここまでの不幸を予知することは、彼女自身にも全く経験がなかった。
せっかく自分を拾ってくれた場所である「KRONUS」の面々が、あんなにも無残に殺されてしまうのだということが。
「私、どうすればいいんだろう……」
ひっそりと呟く声に、当然返事はない。
何もすることがあるというわけもなく、小春は一人の夜を寂しく過ごし始める。
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「ああ。そうか、それで?」
「~~というわけだ。頼まれてくれるか?」
「頼まれてくれるか?とはそっちも随分と偉くなったものだね」
「当たり前だ。年を取らないお前と違ってな」
「言ってくれるじゃないか。昔は教室の隅っこで一人寂しく過ごす少年だったというに。可愛げがなくなったなぁお前も」
「男に可愛げを求めるんじゃない」
「ふっ、わからんやつめ。ただ、その願いそのものは私にとっても願ったり叶ったりだ」
「ああ。それなら助かる」
「さて、上手くいくかな。…僕の足りないピースを埋めてくれる者になってくれれば、いいんだが」
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翌日、「KRONUS」の事務所内は、ちょっとした騒ぎになっていた。
何せ、警察を名乗る男が、事務所内へと訪問していたのだ。男の名は中川京太郎。先日、紬や小春と会っていた人物だ。
「それで、警察さんが何の用なわけ?別にここの事務所、隠さなきゃいけないようなヤマシイことなんてないよね、華月さん?」
「聞いて素直に答えると思うかい?ただ。僕としても心当たりがないね」
「そういう意地悪はやめてくださいよ。あなたも事情知ってるでしょう?最近この神楽坂町を騒がせている連続殺人事件の件」
「あー。最近オレらが調べてるやつな。もしかして、犯人見つかりましたー!って教えてくれたん?」
悠希の素直すぎる発言に、その場にいる全員が「そんなわけあるか」という視線を送る。
「残念ながらその逆です」
「逆…っていうと……犯人見つかりませんでした?」
「それだけ報告しに来るわけないよね」
「あぁ。もしかして、一緒に探してほしいって話?」
合点がいったように、悠希は手をポンと打つ。
「力抜けますねぇ。まあ、そのことですよ。我々もだいぶ手を焼いている上に、こっちの評判まで駄々下がりだ。この町担当はただでさえ若いのばかりで上から舐められてますからね、このままじゃ面子が潰れる」
「ふーん。つまりアンタたちのプライドのために、頭下げて協力してほしいって。そういう話ってことでいいわけ?」
「耳が痛い指摘ですねぇ。その通りですよ」
中川が細めていた目を開き、一哉の方へと向き直る。
「へぇ。随分とあっさり認めるんだ」
「こっちも体裁とか取り繕ってられないんで。そういう幼稚な嫌味に付き合ってられような状況じゃないんですよ」
「別に嫌味とか言ったわけじゃないですけど?こっちの言ったのは事実ですけど?」
「ほらほらストップストップ!!」
「そーだぞストップ!カズもそのへんにしときなって!!」
一触即発の空気に耐えられなかったのか、紬と悠希の2人が制止に入る。これ以上はマズいと思ったのか、一哉も「…悪かったよ」と小さく呟き、引き下がる。
「うちの一哉が本当にすみませんでした」
「別に気にしてませんよ。公務員っていうのは基本的に文句言われる仕事なんで」
そう言いながらも、中川の声色からは明らかに不満の声が感じられた。未だにピリピリとした空気の中、悠希が口を開く。
「オレたちどっちも町の平和を守るために活動してんだから、仲良くすりゃいいのにね」
「…それはそうなんだけどね。向こうにも色々事情があるから」
「その事情?っていうのがあったとしてもさ、こうやってわざわざ喧嘩しなくていんじゃね?ってこと!」
「それはその通りだよ。結局、チャチなプライドの為に勝手にこっちを敵視してきてるだけ。それで、今度は面子が潰れるからって協力要請。都合が良すぎると思わない?」
悠希の言葉があってなお、一哉は敵視の姿勢を止めない。
その様子に、紬はすっかり頭を抱えていた。
それに、紬自身にものっぴきならぬ事情はある。
実の姉、久遠寺奏の存在である。何とか一哉と中川の2人を和解させられたとしても、結局はこの姉を何とか説得しない限り、この協力体制を築くことは出来ない。
小春の予知のことも気になっている紬は、協力できるものなら何とかしたいという考えでいるのだが、あまりにも障害が多すぎる。
「そういえば、今日って小春は来る日だったっけな……」
そんなことを呟いていると、事務所の扉が開かれる。
「すみませーん、遅くなっちゃいました」
「悪ぃ京太郎、道迷っちったわ」
紬の目に映ったのは、まさに先ほど名前を出していた小春が、女物の服を着た青年を連れて事務所へと訪れた姿だった。