第120話 近づく真実
あちこちに刀傷が走り、ボロボロになった事務所の中で、一人の黒髪の少女が倒れ伏していた。
そして、少女を嘲るような目で見降ろす女性が……一人。
「…もう諦めたらどうですか。貴女はもう、二度と私に勝てることはないんです」
返事がないのを見て、女性…奏は少女…紬を足蹴にする。
「んぐっ」
「もう言葉も話せなくなりましたか?では」
「……おい」
紬と同じように倒れ伏していた広夢が、意識が落ちそうな中で奏を睨みつける。
「なんです?それにあなたにとって、紬は別に仲間でも何でもないでしょう?なら、この子をどうしようと私の勝手です」
「だとしたらさ…アンタ止めるのもオレの勝手だよな?同じ組織の一員として、こんな馬鹿馬鹿しいことやってんの、止めなきゃ責任問題だろっつーの」
全身から血を流しながらも、広夢は奏の方をじっと見ながら、ゆっくりと立ち上がっていた。
「立ち上がるだけで精一杯ですのに、それでは余計に傷が増えるだけですよ。お気に入りの服をこれ以上汚したくないでしょう?」
「バカ言え。服くらいいくらでも後で買えるっつの。それに」
「勝ち誇って油断してんじゃねえよ、姫様」
直後、銃声が響く。放たれた銃弾は奏の肩に命中し、白い服に赤黒いシミを作った。
「貴方……仲間相手にそこまで……!」
「ここまでなってもなお止まらねえんならもう敵だよ。敵。それに、オレの能力は戦えないっつったけど、オレ自身が全く戦えないとは言ってねえだろ?」
「なら…何故今まで戦いを避けたんです……!これを黙っていたのは、私たちへの裏切りですよ、相良広夢!!!」
「…悪い。オレ、銃撃つの苦手なんだわ。だから、これは切り札として隠し持つつもりでいた。どうしようもなくなったら、使うってな」
「そんな……勝手なこと……ッ!!!」
なおも吼える奏だったが、遂に力尽きたのか、膝から崩れ落ち、その場に倒れ伏した。
「あの…広夢さん。それ、本当なんですか?」
「んー。全部ハッタリ。この銃もほんとは買ったやつ。オレ、人傷付けるの元々嫌いなんだよね。自分の手で誰かが血を流してるのがさ、どうも耐えられねえみたいだわ」
そう語る広夢の手は、大きく震えていた。おそらく、その台詞が嘘や欺瞞などではないということが、それだけで紬には理解できた。
「あの…そこまでしてくださって、ありがとうございます」
「お礼なんて言うんじゃねえよ。それに今めちゃくちゃ気分悪いんだわ。正直吐きそう」
そう言い捨てた広夢は、そのままその場に崩れ込んだ。
「…よし、このあたりか。近くて助かったな」
それなりに大きな庭もある一軒家に、『九条』と書かれた表札。九条一哉がここに住んでいるのだろうと、簡単に予測がついた。
「それにしても九条一哉って、結構いいとこのやつなのか?苗字からしてもしかしたらそうじゃねえかとは思ったけど」
「まあそれなりには金持ちだとは聞いた。一体そんなやつがこんな探偵事務所でアルバイトなんぞ、どういう事情があるんだか」
「…一哉くんから聞いていないんですか?」
「それなりにワケありが多いとはいえ、全部の事情を知っているわけじゃないさ。それに苗字が仮に貴族と同じだからといって、そいつまで貴族とは限らんさ」
そんなことを話しながら、華月は家のインターフォンを押す。
しんと静まり返った扉の前から、何か反応が返ってくるとはなかった。
「誰もいないんでしょうか?」
「あくまでも俺たちは手がかりを探しにここに来たんだ。誰かいるかもしれないってのはダメ元だろ?」
「一応連絡はしたぞ?ずっと返事がないが」
返事すら出来ない状況なのか、あるいは自分との対話を拒絶したいのか、そのどちらかはわからないが、と華月は続ける。
「華月さんにすら何も言えないって、私達でどうにか出来るのかな…」
「大丈夫だよ、とはあんまり言えないな。正直僕も想像は……、っと。鍵、開いてるぞ」
ガチャガチャとドアノブをひねれば、簡単に扉が開いた。
「今時オートロックにすらしていないとは。随分と不用心じゃないか。入るぞ」
「えっ、いいんですか!?それって不法侵入……」
「いいか。僕達は今、『連絡が取れない事務所の職員の捜索のため家に立ち入った』これなら何の問題もないさ」
ニヤニヤと笑みを浮かべる華月を見てもなお、小春は一歩踏み出すことが出来ずにいた。
「背に腹は代えられないってやつだろう?それに、緊急事態は緊急事態だ」
そう言いながら、華月はずかずかと踏み入っていった。インターホンを鳴らし、足音まで鳴っているというのに、家の中からは物音ひとつしなかった。
「誰もいないんじゃないのー?それにしても、まるでもぬけの殻だねぇ。ほら、このあたりなんて随分埃がついてるよ」
「…そうだな。だから、少なくとも一哉も両親も、長い間帰ってきてないか、あるいは掃除をする余裕もなかったってことになる。一哉本人ならともかく、ご両親までどこかに失踪したとなると、流石に不穏だな」
生活感のある家が、急にその生活感を失ったように、小春には見えた。
「やっぱり、私達帰ったほうがいいんじゃ……」
「なるべく長居はしないようにするさ。元々長居をするつもりもないしな。…とりあえず、あいつの私室だけでも見て、そしたら立ち去るとするか?」
4人はそのまま歩を進め、2階にある一哉の私室を訪れる。
簡素な勉強机と本棚、クローゼットだけが置かれたその部屋は、年頃の男子だとしても随分と殺風景で、九条一哉という少年の人柄が見えるようだった。
そして、その奥にはベッドが置かれていた。
ベッドの方をよく見れば、そこには一哉が眠っていた。
……だが、少し様子がおかしい。あれだけ物音も立てたというのに、起きる気配すらないのだ。
「…息、してないぞこいつ」
「あーあー。これ、なんかあったっていうか、なんか『された』っぽいね」
「悪いが高橋クン。心当たりがあるというのならすぐに聞かせてはくれないか」
意味ありげに呟く樹里に対し、華月が食ってかかる。
「そんな食い気味にならなくても、心当たりならいくらでもあるよ。というか、結論ならとっくに出てる。少なくとも大学で教えられてる範囲の知識だけど、そこの所長さんはどうやら知らないようだ」
もったいぶって大仰な仕草をしてから、樹里は小さな声で告げる。
「才能<ギフト>の使いすぎは脳に負担がかかる。そして脳に負担がかかり過ぎた能力者は…死ぬことがある」




