第117話 訪問者
「ね、小春ちゃん」
その視線は小春自身ではなく、自分の隣にいた四季に向けて向けられていた。
隣にいるだけでもわかる、粘っこい悪意を感じる視線と声に、小春は自分のことでもないのに身震いしてしまった。
「ん、そこの子。なんか妙な反応したよね」
「私!?」
「ああそうだ。カマかけたつもりじゃないんだけど、まさかこんな事になってただなんて。鳴海のやつも面白いことするものだね」
樹里はこの一瞬で全て気づいていた。
自分が話しかけていた白川小春が、目の前の少女ではなく、その近くにいた白髪の少女であるということに。
「もしかして、今ので全部察してた…?」
「そりゃ察するさ。さっき『小春ちゃん』って呼んだはずなのに、隣の子は無反応で、君がびくっと背を震わせていた。ね、小春ちゃん。君自分の正体隠すとか下手でしょ?やめた方がいいよそういうの」
確かにあの後、冗談交じりでこんなことを言われたことがある。
『見た目は全然違っていても、中身で小春だとバレバレだった』と。
だが、樹里が自分の正体に気づいたのは、そんな次元じゃない程にすぐだった。
相変わらず、この女性を敵に回してはいけないと、小春は再び身を震わせる。
「ちょいちょーい、あんま怖がらせるようなこと言うなって。つーか、アンタはまだ犯罪者って事忘れんなよ?その気になればいつでもお前をまた独房に戻せるんだからな?」
「ごめんごめん。バレバレなのにわざわざ別人になってるのが面白過ぎてついからかっちゃった。で、本題はこれからだよね。あ、ここのソファ使っていい?」
「僕は君がここに来ていることに納得はしてないが…いいだろう。妙なことをしたら紬。即座に電撃で気絶させていいぞ」
「おー、怖い怖い。そんな肩肘張んなくてもいいのに」
樹里はあくまでも余裕な態度を崩さず、そのままソファにどっかりと座る。
「随分くつろいでるな」
「そりゃ、仮にも元サークル仲間がいるわけだし?ね、鳴海くん」
「言っておくがお前とはもう元サークル仲間でも同じ組織の仲間でもない。馴れ馴れしく話しかけてくるな」
四季はあくまでも拒絶の姿勢で樹里と接していた。お互い誰かを裏切っている立場であるというのもあったが、何よりもこの馴れ馴れしい態度が気に食わなかった。
鋭い目つきが、樹里に向けて刺さる。…かと思われたが。
「あっはは。その顔で睨まれても全然怖くないよ」
「そうだな……この姿になって色々と悩んでることはあるけどな。睨んでも全然迫力がないんだよな」
「だって小春ちゃんって元々超いい人って感じの子だったでしょ。人騙すことも、人を怖がらせることも全然出来ないような子。前に話しててわかったよ」
樹里は大袈裟な動作で両手を広げながら、語り始める。
「人の顔っていうのは人生がそのまま出るんだ。不真面目な生き方をしたやつはそのまま不真面目な顔になってくし、人を脅かして生きてるやつは恐ろしい顔になってく。小春ちゃんの顔はまるでそんなことがない顔だ。お人好しなんだよ。だから、鳴海。お前にはそれは似合わない」
「そんなことはわかってる。というか、お前は一体何しに来たんだ?まさか俺たちに嫌味を聞くためだけに一時的に釈放されたとか、そういう話じゃないよな?」
「だから結論を急ぐなって。私としても今回の騒動には本当に迷惑しててね。こんな騒ぎを起こす能力者の存在なんて知らないし、このまま無秩序状態になったら私達の活動どころじゃない」
「つまり、あなたはこう言いたいわけだね。『利害が一致するから協力してくれ』と」
紬が立ち上がって、樹里を牽制する。
「そ、話が早くて助かるよ紬ちゃんは。鳴海のやつったら酷いんだよ。あいつ自分のしたい話ばっかりするでしょ?『イカロスの翼』にいた時は上手く人と話せてなかったけどさぁ。やっぱそういう所なんじゃないの?」
「なんか……この人口を開けばイヤミばっかり言うけど、元からそんな感じだっけ?」
「オレに聞くなし悠希君。オレは彼女のパーソナリティーは知らない。ただ……協力したいって気持ち自体は本心に思えるね」
広夢は樹里の方を、警戒しながら観察していた。
信用も何もない彼女だが、それでもなおここまで来たということはそれ相応の理由があるのだろうということは察せていた。
「まさか、協力してほしいなんて言い出すとは思わなかったけどね」
「僕も正直驚いているさ。それに、今能力は封じられてるんだろう?」
「あー。全くもって不便だよねぇ。銃も全部取り上げられてるからこれ外してもほとんど何も出来ないはずなんだけど、えらい警戒するよね警察の人達」
そう言って樹里は、腕についていた腕輪を指差す。
「勘違いするなよ。これがあるおかげでお前は犯罪をやらずに済むんだ。外したら何するかわからないからな」
犯罪者として逮捕された能力者は、常に才能<ギフト>を封じる腕輪をつけることが義務付けられる。
これは能力によって関係者に怪我を負わせないためでもあり、また、これ以上罪を犯させないためのものでもあるのだ。
「小春。念のため聞くが、この女が何かしでかすような予知は見ていないな?」
「何も見てないよ。今日朝からずっと予知らしい予知はずっと見てない。…このあたりも大人しいし、もしかしたら例の能力が及んでない場所もあるのかも」
小春の目は何も映してはいなかった。
彼女の不幸体質をもってしても、今は何も引き寄せてはいないらしいのだ。
「…そうなんだ。じゃあ、その場所を探ればもしかしたら犯人に辿り着くかも」
「とはいえ、今の状態で外に出るのも危ないしな。だが、警察の方も人員を一人失っている状態だ。危険を承知で飛び出すしかない…が」
華月の目には、頭に包帯を巻いた悠希の姿が映っていた。悠希ですらこれなのだ。身体能力の低い小春をあんな所に送り込んで大丈夫なのかと、華月は悩み始めていた。
「いくら予知があるって言っても、全部防げるわけじゃないからなぁ。ほら、私って直接『見た』ものしかわからないから、背後から何か襲ってくるとたまに対応が遅れるっていうか…」
「まるで背後から何かに襲われたみたいな言いぐさだけど、君そういう経験あるの?オレちょっと怖くなってきたんだけど」
「相良君。彼女は極度の不幸体質故に毎日がサバイバルだ」
「へー……ちなみに何があったの?」
「後ろから暴走した車に轢かれかけたり、ちょっとお金おろすのに銀行に行ったら銀行強盗がいたりとか。あとそういえば……」
なおも繰り出される不幸体質エピソードの数々に、すっかり広夢は顔面蒼白になっていた。
「さて。何も私達は小春ちゃんの不幸エピソードを聞きたいわけじゃない。そうでしょ?というか、私はもう犯人の目星ついてるんだよ」
「それは本当なの?その割にわからないみたいなこと言ってたけど」
「でもさ、その犯人。君たちは絶対殺せないでしょ?」




