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第115話 怒りと憎悪

窓の外から響く轟音に目を覚ましたのは、夜中の三時半を過ぎた頃のことだった。

「ちょっ!何!?何の音なのよ!?」

正確には、轟音ではなく、それに驚く母親の声で驚いて目を覚ましたのだ。

「わ、わかんない!ってか母ちゃん声でかいって!!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?ちょっと外の様子見てくるから、悠希はお父さんの様子見てなさい!」

「は、はぁい……」

抗議する悠希をよそに大声でまくしたてる母親に頭を痛めながら、悠希は父親の部屋のドアを叩く。

「父ちゃーん……大丈夫ー…?今なんか外すんごい音してっけど……」

反応がない。おそらくは寝ているだろうと見て、ゆっくりとドアを開ける。


「あ、良かった……寝てた……」

これだけ外がうるさいというのに、よりにもよって自分の父親は大いびきをかいて寝ていた。

安心してドアを閉めたと同時に、何で大丈夫なんだ?という疑問が悠希の中に湧いてくる。

轟音や怒号が響く中で、悠希は探偵事務所の面々の姿を思い浮かべていたのだ。

紬や華月、夏生は何だかんだ大丈夫だろうと思っていた。

だが、心配なのは小春と優芽だった。

2人は身体も小さいし、能力だって決して誰かに襲われて自衛できるようなものじゃない。

そして、何より……未だに連絡が取れないあの少年の事が、気がかりでならなかった。


悠希が父の部屋の前で考え事をしていると、ふと気づくことがある。

それなりに時間が経っているはずなのに、母が戻ってこないのだ。

少し様子を見てくる、くらいなら5分も経たず家に戻ることだろう。

だが、時計を見ればあの時からもう10分以上は経っている。

嫌な胸騒ぎに、思わず悠希は家を飛び出していった。


玄関の前へと悠希が飛び出してみれば、そこで繰り広げられていた光景は地獄絵図と呼ぶようなものであった。

バットなどを持ち出して人を殴ろうとする者、ナイフで人を刺そうとする者。

近所で仲良く挨拶をしたはずの人達が、目を血走らせて乱闘をしているのだ。

「お、おいこれ……どうなっちゃってんだよ……!確かに外うるさかったけどさ……ってか、アンタたち何してんだよ!!」

母親の姿も見当たらない。『これ』に巻き込まれているのだとしたら、才能<ギフト>も持っていない母が無事でいられるはずがない。

「母ちゃん!いる!!??」

あちこちから聞こえる怒号の中で、悠希は声を上げて母親を呼んだ。


「悠希!!あんた何してんのよ!家で待ってなさいって言ったでしょ!?」

「うるっせぇ!!次騒ぎやがったらてめえの子供も殴るぞ!!!」

悠希が声のする方向を見てみれば、何者かが母の胸倉を掴んでいた。

そしてその正体は……近所でたびたび挨拶もしている中年男であった。

名前こそ知らないものの、会えば笑顔で挨拶をかわせる程度の関係性。しかし、この男からは、憎悪としか思えないような感情しか伺えなかった。

「おっさん!ふざけたことやってんじゃねえよ!!!そんなことしたら捕まるぞ!!」

「知らねぇ!こいつがオレがケンカしてる所に!割り込んできやがって!!ガタガタ騒いだらお前も……!うるせえふざけるなあああああ!!!!」

男の台詞は支離滅裂であった。爆発する怒りと憎悪を、ただただ母親に向けてぶつけてきている。そうとしか思えない様相だった。


「ああああああああああああああああ!!!!」

胸倉を掴んできた母親から乱暴に手を放し、男は手に持っていたバットを振り回しながら、悠希の方へと向かっていった。

「悠希!!!!!」

母親が叫ぶ声と、何かがぶつかる音が同時に悠希の頭で響く。

「やっべ……」

思わず声を上げた時には、衝撃で頭がフラフラとしていた。それもそのはず、頭を鈍器で殴られたのだ。いくら才能<ギフト>で頑丈な悠希と言えども、それはかなり大きな傷になっていた。

「死ねぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」

男が叫ぶ声と共に、二発目が目前まで迫る。それと同時に、悠希のデバイスが着信音を発した。


「何、こんな時に……誰だよっ……!?」

その音に一瞬男が意識を逸らした隙に、悠希は路地裏の方に向けて駆け出していった。

「母ちゃんも家まで逃げて!!!!!」

そう叫びながら、出来る限り人のいない場所を目指す。何人かそれにつられて追いかけて来た者達もいたが、元々身体能力に優れる悠希はすぐにそれらを撒くことに成功した。

「マジで町全体、めちゃくちゃになってんじゃねえかよ……」

何分走っただろうか。一目のない路地裏まで到着した時には、すっかり悠希はヘロヘロになっていた。


「くっそ……って、なんだこれ……?」

イライラして頭を掻けば、手にはべっとりとした液体がついていた。

あれだけ強い力で殴られたのを、すっかり忘れてしまっていたのだ。

「やべっ…ちょっと頭フラフラする気がすんな……」

こういう時こそ、頑丈な自分の才能<ギフト>に悠希は心から感謝した。ただ人より少し筋力が強い程度の才能<ギフト>ではあったが、今自分がこうして生きて意識を保てているのも、これのおかげなのだ。

「そういや、連絡入ってんだっけ……?くっそこんな時に……」

せっかくだし華月と合流して事情でも話そうかと、悠希は華月のメッセージへと返事をした。


『ごめんしょちょー、今どこ?あとさ、オレちょっと今なぐられてケガしちゃってさ』

『それは随分と大変なことだな』

『リアクションうっす!?』

『ってそうじゃなくて、かづきさん今どこ!?』

答えてくれそうな気配はない。一体向こうで何が起きているのだろう。埒が明かないと考えた悠希は、再びデバイスから目を離し、周囲の様子を伺うことにした。


路地裏の近くでは、今もなおまだ暴動が起きている。母は無事に家に戻れたのだろうか。連絡しようとも、まずそもそも自分が家に戻れる状況じゃない以上、余計に心配させてしまいそうだ。

「なんか……すげー寂しい……」

頼りになる一哉は今何をしているのかすらわからない。心細くなった悠希は、またデバイスを開いた。

『今紬の家にいる。場所言えばわかるか?キミの家の隣の区のはずなんだが』

『ツムツムのとこね!覚えてないからちょっとごうりゅうするとこ教えて!』

『いったん事務所の前まで来てくれるか。今日は定休日だが別に集合場所に使うくらいなら問題ないだろう』

「CRONUS」を落ち合う場所として、華月は指定してきた。それなら、場所はわかると安心して、悠希は安心して路地裏を去ろうとした。


「おーいそこの少年、頭から血出てっけど、大丈夫かい?」

「うわっ!?なんなんすか急に!?」

そこをのぞき込むように見ている、一人の青年の姿に、悠希はどうやら先ほどまで気づくことが出来なかったようだ。

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