第114話 『お人よし』
『てめえ!てめえふざけんなよ!!!!!』
『あんたのことが前から大嫌いだったのよ!!!!』
『死ねぇぇぇぇ!死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
『痛ぇ!てめえ絶対許さねえからなああああああ!!!!』
四方八方から聞こえる怨嗟と暴動の声。
周囲が赤色に染まり、人々が苦しみ、怒り、やがてその暴動は小春本人のもとにまで迫って来る。
最後に見たものは、同じように血に染まり、自分を見下ろしている四季の姿だった……!
まるで地獄を描いたような惨劇を『見た』小春は、自分が目を覚ましていることに気づく。
はっと飛び上がった瞬間に、隣で眠っていた紬も目を覚ました。
「……何……?」
目をこすってゆっくりと起き上がる紬は、耳に飛び込んでくる騒音に思わず顔をしかめた。
まだ時間は深夜の3時だというのに、マンションの周囲の部屋からすらも聞こえる怒号に、再度眠ることなんてできやしない。
「…これ、本当に大変なことになってるね……」
小春の方はと言うと、先ほど『見た』惨劇もあって、少し参ってしまいそうになっていた。
「解決は明日に、と先延ばししたのは、本当に失敗だったかもしれないな」
少し眠たげに身体をひきずる華月は、小さな声でそう呟いた。
「そんなこと言っても、昨日まではここまで酷くなかったですし…」
「そうだな。だがここまで事態の進行が早いとは思わなんだ。とりあえず、他の所員にも連絡をしておく。深夜で起こしてしまうかもしれないが、それほどまでの緊急事態だ。まずは……」
そう言いかけた所に、部屋のドアが大きく開け放たれる。
「3人とも起きてるか。今……外が大変なことになってる」
どうやら、四季も既に目を覚ましているようだった。
「この様子じゃ、マンションから安全に出るのも難しいかもしれないですね」
「だな。下手したら住民が襲い掛かってくるかもしれない。とりあえず、今悠希と夏生と優芽にもメッセージを送っている。緊急事態だとな」
隣の部屋からはガシャンと何かが割れる音と怒鳴り声が絶え間なく響いている。おそらくは食器を投げでもしたのだろうか。ずっと耳を傾けていれば頭が痛くなりそうな。いや…頭がおかしくなってしまいそうな。
そんな大音声の中で、何とか4人は心の平静を保とうと、お互いの顔を何度も見ていた。
「…そういえば四季…さんって。ああいう能力持ってる人に心当たりってあるの?」
「残念ながらない。知ってたらとっくに教えてるさ。もしかしたら、俺が把握していない能力者かもしれない」
「四季さんが把握していない能力者、かぁ……。そういえば」
紬は思い立ったように、四季に次の質問をする。
「その…『Avalon』だっけ?四季さんってそういう情報いっぱい持ってると思うけど、身の安全は大丈夫なわけ?」
「別に末端も末端だし、俺一人いなくなった所で持ち帰れる情報は多くないさ。それとさっきから気になってたが四季って呼ぶのはやめてくれ。なんだかむず痒い。それならまだ偽名の鳴海の方がいい」
四季は小さく首を横に振った。それを見て、紬も納得したのか、視線を小春の方へと移す。
「色々…抱えてるものもあると思うけど、どうして?」
「黒幕かもしれないやつにつけられた名前なんか、そう名乗りたくはない」
「そう……じゃあ、私もまた偽名使った方が」
「それはしなくていい。俺が適当に考えた名前なんか、背負いたくないだろ」
小春が四季に対して抱く感情は、とても複雑なものだ。
ある意味、今の自分の生活が少し変わってしまった元凶でもあり、しかしそれは自分を守るためでもあり。
そして、自分のいないと思っていた家族でもあった。
更に、彼が今、かつての自分と同じ姿になってしまったのは、自分を守るために起こした行動の結果。
ある意味、自分の責任でもあるのだ。
だから、小春は四季の顔をまっすぐ見ることが、未だに出来ずにいた。
「言っておくけどわざわざ責任に感じることはないんだからな。別に俺の独断だし。というか、いちいち背負って悲劇のヒロイン面される方が俺は嫌だ」
「ふふっ、鳴海クン。君はいちいち素直じゃないんだな」
「あんたの方こそ人の言動をわざわざ好意的に取りすぎだ。お人よしが。そんなんだからあの組織にもついていけなかったじゃないのか?」
軽口を叩く華月を、四季は鋭い視線で睨みつけた。
「やれやれ、その顔だと迫力がなくて困るな。僕が例の組織についていけなかったのは事実だが、それは君もなんじゃないのか?お互いお人よし同士上手くやろうじゃないか」
「くそっ…ああ言えばこう言うってこういうことかよ……!」
すっかり言いくるめられた四季は、諦めてそのまま黙り始めた。
「……あの、私の顔ってそんなに迫力ない…?」
「ごめん、それについては私も全然反論できない。…というか可愛いとしか思ったことないし」
「あの紬さん今なんて?」
「なんでもない!あ、そうだ華月さん!悠希たちからそろそろ返事来ましたか!?」
露骨に話題を逸らそうとする紬に、華月は笑いそうになるのを抑えながら答える。
「……んんっ、悠希の方からは返事が来たぞ。どうもあいつの周りも随分騒がしいらしくてな……ん?またメッセージが来たな」
3人はのぞき込むようにして、デバイスに来たメッセージを確認する。
『ごめんしょちょー、今どこ?あとさ、オレちょっと今なぐられてケガしちゃってさ』
『それは随分と大変なことだな』
『リアクションうっす!?』
『ってそうじゃなくて、かづきさん今どこ!?』
「…あいつ相当錯乱してるな」
「早いところ合流したいらしいし、早く居場所伝えた方がいいですよ」
「ああ、そうだな」
『今紬の家にいる。場所言えばわかるか?キミの家の隣の区のはずなんだが』
『ツムツムのとこね!覚えてないからちょっとごうりゅうするとこ教えて!』
「そりゃ悠希くんが紬さんの住所なんか知ってるわけないよね……」
「私も教えてないね」
「とりあえず、人の多い場所は避けた方がいいか。だが人通りの少なすぎる場所もまだ暗いからそれはそれで危険だ。あいつの能力なら何とかなるだろうが、今怪我してるとか言ってたしな……そうだ」
『いったん事務所の前まで来てくれるか。今日は定休日だが別に集合場所に使うくらいなら問題ないだろう』
『わかった!』
「じゃあ、4人とも事務所まで向かうぞ」
「…俺もついて行っていいのか?」
「事情の説明は後でするけど、悠希くんならきっと大丈夫だと思うよ」
「…それなら信じて行くが」
まだ信じ切れていないという様子だったが、恐る恐る四季も3人について行った。
「まったく、こいつら本当にお人よしだな……」
四季の小さな呟きは、未だ外から鳴り響く大音声の中に消えて行った。




